9月16日、Los Angeles Timesが「Gates Foundation commits $1 billion to improving global AI access」と題した記事を公開した。英語話者を中心とした約10億人がAIの恩恵を享受する一方、残り70億人は取り残されているという現実に対し、ゲイツ財団が10億ドル(約1500億円)を投じてその格差の解消に乗り出す。
「1億人 vs 70億人」というAIの現実
ゲイツ財団が今回の発表で示した数字は端的だ。格差を象徴する具体例として報告書が挙げたのが音声認識の精度だ。英語での誤認識率が6%未満であるのに対し、西アフリカで広く話される言語のひとつであるヨルバ語ではその10倍以上の誤認識が発生する。英語以外の言語を母語とするユーザーにとって、現状のAIツールは実用水準に達していない。
現在AIの恩恵を受けているのは世界人口のうち約10億人——その大半は英語話者——であり、残り70億人はほぼ取り残されている。ゲイツ財団はこの構造的な偏りを「解決可能な問題」と位置づけ、今回の大規模拠出に踏み切った。
10億ドルの配分と3つの優先領域
月曜日に発表された年次報告書「Goalkeepers Report」によれば、今後2年間で拠出される10億ドルの内訳は以下のとおりだ。なお、Goalkeepers Reportはゲイツ財団が毎年国連総会の時期に合わせて発表する年次報告書であり、グローバルな開発目標の進捗を追跡する位置づけにある。
- 教育:40%
- ヘルスケア:40%
- 農業:10%
- デジタルインフラ(AI向け言語データの拡充など):10%
資金の具体的な用途としては、現地語に対応したモデルのトレーニング、教育ツールの整備、医療・農業分野での活用支援が挙げられている。
ビル・ゲイツは「AIが誰に、どれだけ早く恩恵をもたらすかを決める窓は短い」と報告書に記した。その上で、12〜18カ月という時間軸で取り組むべき3つの要件として、(1)あらゆる言語への対応、(2)現地データに根ざした設計、(3)各コミュニティが自身のニーズに合わせてAIを活用できる支援体制の構築を挙げた。
AI開発の「スローダウン」を求める声
今回の発表は、単なる資金拠出にとどまらず、AI開発の加速そのものへの問題提起という文脈でも読める。
ゲイツはAI格差の解消と並行して、開発ペースへの懸念も示している。LinkedIn投稿では「AIの成長速度を落とせれば、便益が害を上回ることを確認する時間が増える」と述べた。また先月の自身のサイトへの投稿では、法律・カスタマーサービス・医療・ソフトウェア・製造業といった産業への影響を列挙しつつ、「リーダーや専門家、コミュニティがこの課題に十分向き合っている証拠がない。AI時代への移行を和らげる計画が存在しない」と述べている。
こうした懸念はゲイツ個人にとどまらない。先週、Anthropicの研究者Jacob Coxonが退職に際して「まもなく、あらゆるものをハックし、一夜でどの分野も変革し、実際の権力とリソースを手に入れる超人的なシステムが登場する」と警告する投稿を公開した(元記事によれば閲覧数は1億7000万回超とされているが、SNS上の数字であり計測方法による変動の可能性がある)。これを受けてAnthropicのCEO Dario AmodeiもAI開発の減速を求める見解を公表している。
ゲイツの立場は、こうした業界全体の懸念と軌を一にするものだ。カリフォルニア州議会でも、不正なAIシステムの開発者に刑事罰を科す緊急立法を求める声が上がっており、規制面での議論も加速しつつある。
フィランソロピーとしての意義
10億ドルという規模は、AI開発に費やされる民間投資と比較すれば桁が異なる。たとえばMicrosoftは2023年だけでOpenAIに追加出資を含め数十億ドル規模の投資を行っており、Googleも同規模のAI投資を継続している。こうした民間資本の流れが英語圏・高所得国を中心とした技術開発に向かいがちであることを踏まえると、ゲイツ財団の10億ドルが低所得コミュニティや非英語圏に的を絞っている点に独自の意義がある。
英語中心に設計されてきたAIツールの偏りを、資金面から修正しようとするフィランソロピー的アプローチとして、現時点で最大規模の部類に入る取り組みだ。AIが「一部の人のための技術」にとどまるか、真にグローバルなインフラになれるかは、こうした非商業的な投資の積み重ねにもかかっている。
詳細はGates Foundation commits $1 billion to improving global AI accessを参照していただきたい。