9月16日、Scientific American が「AI steals mathematicians' record for most complicated curve」と題した記事を公開した。AnthropicのAI「Claude」が数学者たちの長年の記録を塗り替え、楕円曲線の「ランク31」という新記録を達成したことについて詳しく紹介している。
ランク28→29に18年、ランク30・31は数日
楕円曲線(elliptic curve)とは、y² = x³ + Ax + B という形の方程式で表される曲線だ。見た目はシンプルだが、その上の有理点(x・yがともに分数で表せる点)の分布は、数論における最重要テーマの一つとして長年にわたり数学者を悩ませてきた。フェルマーの最終定理の証明やBSD予想など、現代数論の中核的な問題群とも深く結びついている。
「ランク」はその複雑さの指標であり、数が大きいほど有理点のパターンが複雑になる。ランク0なら有理点は有限個、ランク1なら無限にあるが一点から全点を導出できる。ランク2以上では独立した「点の族」が複数存在し、ランクが増えるほど構造の解析は指数的に困難になる。言い換えれば、ランクの高い楕円曲線を「構成する」こと自体が、数論上の深い知識と計算量を要する難問だ。
これまでの記録更新は非常に遅く、ランク28からランク29へ到達するだけで18年以上かかった(2024年8月にようやく発見)。ランク29の曲線は、高次元空間のオブジェクトの断面を利用するという複雑な手法で構築されたものだ。
ところが今回、Anthropicに所属する数学者 Levent Alpöge と暗号研究者 Ava Howell が、Anthropicの内部版Claudeを用いてランク30の楕円曲線とランク31の楕円曲線を、わずか数日で発見した。
使ったのは「比較的シンプルなプロンプト」
エンジニア的に興味深いのは、この成果が大規模な専用システムではなく、「比較的シンプルなプロンプト」によって得られた点だ。ただし使用したのは一般公開されていないClaudeの内部バリアントであり、Alpöge・Howellの両者はともに楕円曲線研究において深い専門知識を持つ。つまり、モデルを正しく使いこなすには高い数学的バックグラウンドが前提になる。
Claudeが具体的にどのような手順でランク30・31の曲線を探索したかについて、元記事は詳細を明かしていない。ただし、この種の問題では候補となる係数A・Bの空間を効率よく探索し、有理点の存在と独立性を検証するという計算集約的な作業が伴う。AIがその探索戦略の立案と実装を短期間でこなしたことが、今回の成果のポイントといえる。
楕円曲線のランクに上限はあるのか
数論における未解決の核心問題の一つが、「楕円曲線のランクに上限は存在するか」という問いだ。ランクが無限に大きくなりうるのか、それともどこかで頭打ちになるのか、現時点では証明されていない。今回の記録更新はその問いに対する「具体的な高ランク曲線の構成例を積み重ねる」作業の文脈にある。ランクの実例が増えるほど、上限の有無をめぐる議論に経験的な根拠が加わっていく。

楕円曲線上の点は互いに変換し合える構造(群)を持つ。(図:Amanda Montañez)
OpenAIのナビエ・ストークス問題主張と同時期
この発表は、OpenAIが自社モデルによるナビエ・ストークス問題の解決を主張した翌週に出てきた。ナビエ・ストークスはミレニアム懸賞問題の一つであり、数学界全体の関心を集めている。両社の発表が相次いだことで、AIが高度な数学的発見に関与する事例が短期間に集中して報告される形となった。楕円曲線のランク問題とナビエ・ストークス問題では性質が大きく異なるが、「AIが専門数学者の手を借りながら難問に切り込む」という構図は共通しており、数学とAIの関係が新たな局面を迎えつつあることを示している。
詳細はAI steals mathematicians' record for most complicated curveを参照していただきたい。