9月15日、Computer Weeklyが「Salesforce puts Claude and Slack in front of its CRM」と題した記事を公開した。SalesforceのLightning UIを設計した共同創業者Parker Harrisが「もうSalesforceにログインする必要はないかもしれない」と語ったという事実は、今回の発表の本質を端的に示している。AnthropicのClaudeやSlackをCRMの新たな操作フロントエンドに据え、CRM専用の推論モデル「Koa」も発表するという転換は、SalesforceがUIではなくプラットフォームそのものを自社の価値として再定義しようとする動きだ。
「Salesforceにログインしなくてもいい」時代へ
Dreamforce 2026(サンフランシスコ)に先立つメディアブリーフィングで、SalesforceのアプリケーションおよびマーケティングプレジデントであるPatrick StokesはHarrisの言葉を引用し、その衝撃を社内エピソードとして紹介した。
Stokesはその意図をこう補足する。「UIは実際には私たちのプロダクトではない。Salesforceのプロダクトとは、顧客がデータ、メタデータ、ワークフロー、権限、セキュリティを格納するプラットフォームそのものだ。つまり、ビジネスの動き方をエンコードする場所だ」。
この考え方を具体化したのが、今回発表された一連のリリースだ。元記事ではこれらをまとめてAIforceと呼んでいる。AIforceは三つのフロントエンドを提供する。
- Claudeforce:AnthropicのClaudeの中にSalesforceのデータとアクションを埋め込む
- Slackforce:Slackbotと組み合わせ、Slack内に小さなアプリケーションを構築できる新機能を追加する
- Agentforce Coworker:同様のエージェント体験を、従来のLightningインターフェース上で提供する
Claudeforceの仕組みと「スキル」の意味
技術的に面白いのは、その実装の層構造だ。SalesforceはすでにTDXデベロッパーカンファレンスでMCP(Model Context Protocol)サーバーとAPIを公開しており、スキルがあれば誰でもエージェントに接続できた。しかし問題は二つあった。
一つ目は知識労働者のスキルギャップ。営業担当者やマーケターの多くはMCPサーバーが何かを知らないし、技術者が自分の環境を設定できたとしても、それを1万人の社員分に展開することはできない。
二つ目はアクセス権限とロジックの不文律問題。APIでデータへのアクセスをエージェントに与えても、「そのアクセスをどう使うべきか」のルールがどこにも書かれていない。Stokesは「その判断が間違っていたり、期待と異なる結果になることが多い」と指摘する。
Salesforceの解決策はスキルバンドルだ。MCPサーバー、認証設定、ゼロデータリテンション設定とともに、業務手順を明文化した「スキル」をプラグインとして同梱する。管理者はAppExchangeからこのプラグインをClaude Enterpriseアカウントにインストールし、ユーザーへのアクセスをオンにするだけだ。
Omdiaのチーフアナリスト、Lian Jye Suはスキルの価値をこう説明する。「スキルを持つエージェントは特定のエンタープライズワークフローでうまく機能する。予測可能であり、目的が明確なのでトークン消費も少ない。ベンダーが新機能を開発した際にスキルをアップグレードすることもできる。結果として、コスト効率・信頼性・監査可能性が高まる」。
権限管理についてはAnthropicのエンタープライズプロダクト責任者Scott Whiteが明確に述べている。「Claudeはそのユーザーが見てよいものしか見えない。認証はユーザー自身の資格情報で行われ、全てのアクションはSalesforceを経由するため、そのたびにアクセスルールとレコードが適用される」。
現在約40社がClaudeforceをテスト中で、Deloitte、Siemens、GitLabが含まれる。Salesforce社内でも数日間で約4,000人のデイリーアクティブユーザーを獲得したとStokesは述べた。
NvidiaとともにCRM専用推論モデル「Koa」を構築
AIforce以外に発表されたKoaも見逃せない。KoaはNvidiaのNemotronファミリーをベースにSalesforceが構築したCRM特化の推論モデルで、27年分のSalesforceワークフローを学習データとして使用している(顧客データは一切使用していないとのことだ)。
対象とするのは「停滞している商談の次の一手を決める」「エスカレーションしたサポートケースへの対処」といった多段階の判断が必要な業務だ。Salesforceは自社が設計・運営するCRM Benchによる評価として、Koaが主要モデルと同等以上の精度をエラー率3分の1以下で実現すると主張している。自社評価であることは留保が必要だが、CRM特化という方向性の妥当性についてはOmdiaのSuも独立した立場から裏付ける。「AnthropicやOpenAIは汎用エージェントには優れているが、CRMではSalesforceほど効率的ではないだろう。Salesforceは長年のCRM経験を活かして、スキーマ・オントロジー・知識グラフといった適切なデータ基盤を構築できる立場にある」。パイロット顧客にはXero、UChicago Medicine、The Auto Club Groupが名を連ねる。
エンタープライズAIハーネスの統合計画
AIforceやKoaを支える制御レイヤーとして、SalesforceはエンタープライズAIハーネスも整備する。これはエージェントが複数のシステムをまたいで動作する際に、ガバナンス・可観測性・コスト管理を一元化するための基盤だ。エージェントAIが本番運用に乗るほど、「どのエージェントが何をしたか」「費用は誰に帰属するか」を追跡する仕組みが不可欠になる。現時点では以下の既存製品の組み合わせで構成される。
- Informatica(データカタログ):エンタープライズデータの所在と品質を管理する
- Data 360(顧客コンテキスト):エージェントが参照する顧客情報の統合ビューを提供する
- Tableau(ビジネスセマンティクス):業務用語や指標の定義をエージェントが解釈できる形で供給する
- MuleSoftのAgent Fabric(エージェントレジストリ):複数エージェントの登録・発見・連携を管理する
新たに発表されたSalesforce Guardianは、Salesforce ShieldセキュリティスイートとEinstein Trust Layerの機能を統合し、エージェントのアイデンティティ管理とデータ保護に特化したものだ。
将来的にはこれら全てを単一のコンポーザブルプラットフォームに集約し、レジストリ・アイデンティティ・ポリシー・ライフサイクル・可観測性・コスト管理の六つをカバーするAIコントロールプレーンに統合する計画だ。Suは「CIOはSalesforceにフルコミットすればネイティブな制御基盤を得られる。しかし多くの企業では現状、システムがサイロ化しているため、複数のシステムを管理し続けることになる」と現実的な見解を示した。
詳細はSalesforce puts Claude and Slack in front of its CRMを参照していただきたい。