9月14日、CNBCが「Anthropic walks tightrope to Nasdaq, pushing for a slowdown while pursuing $2 trillion valuation」と題した記事を公開した。AnthropicがIPOで2兆ドルの評価額を目指しながら、CEOがAI開発のスローダウンを提唱するという、戦略的とも矛盾とも読める状況を詳報している。
「開発を遅らせろ」と言いながら2兆ドルのIPOを目指す
AnthropicのCEO、Dario Amodeiが9月12日に公開したエッセイが波紋を広げている。内容は、AI業界全体に対してモデル開発のペースを落とすよう求めるものだ。具体的には、①第三者評価機関へのモデル開放、②フロンティア企業による共通安全基準の策定、③民主主義国家と権威主義国家の間での協調——の3ステップを提案している。
タイミングが問題だ。Anthropicは今年6月にIPO目論見書を非公開提出しており、早ければ来月にも上場するとみられている。今年5月時点の評価額は9,650億ドル、IPOでは2兆ドルの評価額を目指すとされる。7月の年換算売上高は650億ドルに達しており、直近2四半期連続で営業黒字を計上する見通しだとFTが報じている。上場取引所はNasdaqに決定したとCNBCが確認した。
そのさなかに「スローダウン」を唱える——投資家から見れば、これは自分たちが買おうとしている会社の成長にブレーキをかける発言だ。CNBCの元記事が見出しに「tightrope(綱渡り)」という表現を用いているように、Anthropicの立場はただの矛盾ではなく、安全性への訴求を商業的信頼の構築に活用しようとする意図的な戦略的ポジショニングとも解釈できる。ただし、その解釈が市場に通じるかどうかは別問題だ。
投資家の本音:「成長が鈍化するとは思わない」
Menlo VenturesのパートナーでAnthropicの投資家でもあるMatt Murphyは、現在の成長率を「桁外れ」と表現しつつ、スローダウン論を一蹴している。
「成長が鈍化する理由も、上場を待つ理由も見当たらない」— Matt Murphy(CNBC)
D.A. DavidsonのアナリストGil Luriaは、Amodeiの提案に懐疑的な見方を示している。
「AnthropicとOpenAIがやっていることは、独占的な行為に見える。梯子を登り切ってから梯子を外しているような感覚だ」— Gil Luria(CNBC)
この「梯子を外す(ladder pull)」という批判は核心を突いている。安全基準の強化によって最も恩恵を受けるのは、現時点で最先端のモデルを持ち、それを商業サービスとして販売しているAnthropicとOpenAI自身だからだ。OpenAIが議会に対してAI業界全体のスローダウンが独禁法に抵触しないか確認を求めていると、Wiredが報じているのも、こうした背景がある。
一方、Altimeter CapitalのCEO Brad Gerstner(AnthropicおよびOpenAIの両社に投資)は、IPOを前向きに評価する。
「市場はリスクを価格付けする方法を知っている——SpaceXを見ればわかる。AIリーダーへの投資需要は旺盛だ」— Brad Gerstner(X投稿)
AI不信の高まりという背景
スローダウン論が浮上した背景には、社会的な文脈がある。Pew Research Centerの最新調査によると、日常生活でのAI活用に「興奮より懸念を感じる」と答えたアメリカ人は半数を超え、2021年の37%から上昇している。さらにCNBC Generation Labの調査では、18〜34歳の75%以上がAmodeiを「責任ある行動をとると信頼できない」と回答しており、Altman(OpenAI)も約70%から同様の評価を受けている。
また、CNBCはAnthropicの社内研究者が社内の場で「AIが全人類を殺す確率は10%超」と発言したと報じている。公開声明ではなく内部での発言とされるが、こうした見解が外部に漏れ伝わること自体が、業界全体のリスク認識の高まりを示している。
なお、AI安全論をめぐる議論では、開発加速を支持する「効果的加速主義(e/acc)」と呼ばれる思想潮流との対立が深まっている。e/accは「技術の進歩を人為的に制限すべきでない」と主張するもので、シリコンバレーの一部投資家・エンジニアの間で支持を集めている。Amodeiのエッセイはこの潮流への直接的なカウンターナラティブとも読める。
インフラ投資への波及
スローダウンが実現した場合、影響はAnthropicの株価にとどまらない。Anthropicは今年、Nscale、AMD、SpaceX、Googleとの間で総額数百億ドル規模のコンピュート契約を締結しており、OpenAIは2030年までに約6,000億ドルのコンピュート支出を見込んでいる。両社はNvidiaのGPUを大量に使用しており、開発ペースが落ちれば関連インフラ企業にも影響が及ぶ。
Deepwater Asset ManagementのGene Munsterは、市場は「モデルの指数関数的かつ途切れない改善」を前提に株価を形成していると指摘したうえで、こう予測する。
「AIの長期的な機会が大きすぎて、実際には何も変わらないだろう。あのコメントは規制圧力を和らげるための発言だと思う」— Gene Munster(CNBC)
IPO諮問会社Class V GroupのパートナーLise Buyerも、直近の「人類絶滅」リスク論がIPOのタイミングに影響することはないと見ているが、バリュエーションは変わり得ると述べている。
詳細はAnthropic walks tightrope to Nasdaq, pushing for a slowdown while pursuing $2 trillion valuationを参照していただきたい。