9月15日、PYMNTSが「Moderna's AI-Built Cancer Vaccine Clears Phase 3 With Merck」と題した記事を公開した。ModernaとMerckが共同開発したAI設計の個別化がんワクチンがフェーズ3臨床試験で主要エンドポイントを達成したことを詳しく伝えている。
AIが「処方を決める」ワクチンがフェーズ3を通過
2026年8月19日、ModernaとMerckは、個別化がん治療薬「intismeran autogene(インティスメラン・オートジーン、読みは仮訳)」のフェーズ3試験(INTERPATH-001)が、外科的に腫瘍を切除したメラノーマ(悪性黒色腫)患者を対象に、主要エンドポイントである無再発生存率(RFS)および遠隔転移なし生存率(DMFS)を達成したと発表した。両社は「このカテゴリの治療法として初めてのフェーズ3陽性結果」と述べている。
この治療法が通常の医薬品と根本的に異なる点は、AIが製品そのものの設計に直接関与する構造にある。患者の腫瘍をシーケンシング(遺伝子配列解析)し、どの変異を標的にすべきかを機械学習で予測。その予測結果が実際の投与物に組み込まれる。つまり、患者ごとに完全に異なる「1回限りのバッチ」が製造される。このアプローチについて、計算予測アルゴリズムの有効性を示した先行研究が査読付き学術誌「Biomarker Research」(2025年公開)に掲載されている。
Moderna CEOのStéphane Bancel氏は「がん研究の分野における転換点だ」とコメントしている。
mRNAワクチン技術との連続性
intismeran autogeneの基盤となるのは、ModernaがCOVID-19ワクチン開発で確立したmRNA技術だ。mRNAは細胞に対して特定のタンパク質を作るよう指示する分子であり、がんの文脈では「腫瘍特異的な変異抗原(ネオアンチゲン)」の情報をmRNAとしてコード化し、患者の免疫系にがん細胞を認識・攻撃させる。COVID-19ワクチンでは全患者に共通の配列が使われたのに対し、intismeran autogeneでは患者ごとに異なる配列を設計・合成するという点が根本的な違いだ。mRNAワクチンの製造プラットフォームとしての汎用性が、この個別化アプローチを現実的なものにしている。
「1患者1ドーズ」が生む製造上のボトルネック
医薬品開発の世界では、通常は1種類の製剤を大量に製造することでコストを下げる。intismeran autogeneはその前提を崩す。患者ごとに異なる製品を、患者が次々と追加されるなかで連続的に製造するという、従来の製薬ロジックが想定していない構造だ。
Modernaはこの課題に対し、各患者の治療進捗をリアルタイムで追跡できるデジタル製造システムを構築した。現時点での製造リードタイムは生検から投与まで約4〜8週間(NextBigFutureによる)とされている。
記事が指摘する重要な点は、「スケールを阻む壁はAIの精度ではなく、製造・物流の問題」だということだ。シーケンシング、分析、デリバリーを1患者単位でいかに高速に回すか——これは機械学習の問題というより、オペレーション最適化の問題である。
メラノーマ以外への展開と、次の関門
Modernaはすでに同じプラットフォームを肺・腎・膀胱がんにも適用する追加試験を開始している(SECへの提出書類に記載。2024年6月30日付の書類に基づく)。さらにがん以外の領域にも応用を進めており、ハンタウイルスワクチンの開発加速にも同AI基盤を活用していると、PYMNTSは今年5月に報じていた。
スケールの難しさは数字を見ると明確だ。米国癌学会によれば、メラノーマは2026年に米国で約11万2,000件の新規診断、8,500件超の死亡が見込まれる。フェーズ3試験の対象は1,137人。規制当局の承認を経て実用化されれば、試験規模の数十倍以上の製造能力が必要になる。
フェーズ3の結果は「医学的に機能する」ことを示した。「経済的に成立するか」は別の試験として、これから問われることになる。
詳細はModerna's AI-Built Cancer Vaccine Clears Phase 3 With Merckを参照していただきたい。