9月14日、HTXが「Internet Shocked: Unsolved Problem by Fields Medalist Breached by Two High School Students with AI」と題した記事を公開した。カリフォルニアの高校生2人がAIを活用し、フィールズ賞受賞者・June Huhが解ききれなかった数学の未解決問題を前進させた研究について詳しく紹介されている。
フィールズ賞受賞者が「AI反対書簡」に署名した直後に起きたこと
フィールズ賞は数学のノーベル賞とも呼ばれる最高栄誉で、4年に1度、40歳以下の数学者に贈られる。その受賞者25人が連名で「AIが数学の厳密性と科学的探究の純粋性を損なっている」という趣旨の公開書簡に署名したことが、今年の数学界で大きな話題となった。書簡では「AIが生成した証明の検証コストが膨大になり、数学者の本来の仕事が変質する」という実務的な懸念も訴えられている。
その署名から間もなく、2人の高校生がAIを使って、署名者の一人・2022年受賞者June Huhの研究分野で未踏の成果を出したという報告がUCLAの数学コミュニティに広がった。タイミングの皮肉は、インターネット上でも広く指摘されている。
何者が、何をやったのか
高校生の名前はAayush BathijaとPrince Rohatgi。どちらもカリフォルニア州のOak Park High School在学中で、AIME(American Invitational Mathematics Examination)の通過者だ。AIMEはAMC 12の上位約5%が受験資格を得る難関数学競技試験で、単純な計算力ではなく発想力を問う問題が並ぶ。
UCLAのポスドク研究員Daniel Soskinの指導と、UCLA ORMC(Olga Radko Outreach Math Circle)のプログラムのサポートのもと、Claude Opus 5とGPT-5.6 Sol(OpenAIの最新推論モデル)を主要ツールとして研究を進め、75ページの論文「Bounded Ratios for Lorentzian Polynomials」をarXivに公開した。高校生の論文としては異例の分量だ。
何を解いたのか——「ロレンツ多項式」の係数比問題
June Huhが2020年に共同研究者と構築したロレンツ多項式(Lorentzian polynomials)の理論は、組合せ論・幾何・不等式をつなぐ重要な成果だ。
「多項式」自体は中学数学の概念だが、ロレンツ多項式の特徴は係数の間に厳密な制約が存在する点にある。最もシンプルな例として、
a + 2bx + cx²
という多項式があるとき、これがロレンツ多項式であるための条件は b² ≥ ac だ。つまり両端の係数が大きければ、中間の係数もそれに見合った大きさが必要で、任意に小さくはできない。これは対数凹(log-concave)性の一形態だ。
この制約のもとで、係数をいくつか掛け合わせて別の係数で割った「比(ratio)」を考えたとき——
- その比に有限の上限(ceiling)が存在するか?
- 存在するなら、その上限はどこまで絞れるか?
というのが問題の核心だ。
Huhらは2次のロレンツ多項式について、どの比が有界かを特徴づけ、3変数の場合の最適上界を求めていた。しかし3次・4次・任意次数への拡張は未解決のまま残っていた。
今回の論文はこの空白を埋めた。論文の「主構造定理(Main Structural Theorem)」は、係数比が一様な上界を持つかどうかを、M凸性(M-convexity)と呼ばれる離散凸条件によって完全に判定できることを示している。M凸性は離散凸解析の概念で、格子上で定義された関数の「凸らしさ」を捉えるものだ。
AIは「証明アイデアの生成」まで踏み込んだ
証明の核心的な戦略は、係数を t^α 形式のべき乗で表し、t→0の極限で比がどう振る舞うかを調べることだ。掛け算・割り算が指数の足し算・引き算に変換されるため、比が発散するかどうかを指数の符号で判定できる。この「支配的なべき乗を取り出す」アプローチは、論文で使われるトロピカル化(tropicalization)という手法と関係する。
論文の謝辞では、AIの使い方が明示されている。
Claude Opus 5とGPT-5.6 Solは、計算・証明アイデアの生成・編集補助に使用した。一部の提案は有益であり、一部は誤解を招くものだった。すべての計算は独自に検証しており、論文の内容に対して全責任を負う。
「証明アイデアの生成」という用途は、AIが未解決問題に対して「このルートが通るかもしれない」という候補を提示するところまで踏み込んでいることを意味する。ただし著者たちは、モデルが出した答えをそのまま採用したわけではない。条件の完全性・導出の妥当性・エッジケースの有無を人間が精査した上で、論文として成立させている。
「数学の民主化」か「厳密性の崩壊」か
25人のフィールズ賞受賞者による公開書簡の懸念は、純粋数学の厳密性と科学的探究の純粋性が計算能力に押しつぶされるというものだ。「AIが生成した証明の検証コストが膨大になり、数学者の本来の仕事が変質する」という実務的な問題提起も含まれていた。
一方で今回の事例は、AIが研究の敷居を下げることで、これまで参入が難しかった層が最前線の問題に手を届かせるという側面を示した。ポスドクの指導とORMCのプログラムという専門的なサポートがあったとはいえ、AIMEレベルの高校生がフィールズ賞受賞者の未踏領域で成果を出したという事実は、数学コミュニティで活発な議論を呼んでいる。
論文はarXivに公開されており、現在、専門家によるレビューが行われている段階だ。査読の結果が注目される。
詳細はInternet Shocked: Unsolved Problem by Fields Medalist Breached by Two High School Students with AIを参照していただきたい。