9月12日、ScienceAlertが「AI-Designed Drug Makes Patients' Blood Look Biologically Younger, Study Shows」と題した記事を公開した。AIを活用して設計された薬剤「レントサーティブ(rentosertib)」が、肺疾患患者の血液の生物学的推定年齢を2.71〜3.46年低下させたとする臨床研究だ。とりわけ注目すべきは、異なる設計思想を持つ独立した6種類の老化クロックがすべて同じ方向の変化を示したという点で、単一モデルへの依存によるバイアスを排除した点が研究の強みとなっている。
6つの生物学的老化クロックがすべて「若返り」を検出
研究で用いられた手法の核心は、生物学的老化クロック(biological aging clocks)と呼ばれる複数のコンピューターモデルだ。これらは血液中のタンパク質のパターンを解析し、人の生物学的推定年齢を算出するツールである。暦上の年齢(生年月日から計算される年齢)とは異なり、体の実際の老化状態を数値化しようとするアプローチで、老化研究の分野で近年注目されている。なお、ここで言う「若返り」とはあくまで生物学的推定年齢の変化であり、暦年齢が縮まることを意味しない点には留意が必要だ。
今回の研究では、独立して開発された6種類のクロックをすべて使用したことがポイントだ。単一のモデルによる結果は、そのモデルが参照するタンパク質の種類や計算方法に依存するバイアスを持つ可能性がある。しかし、異なる設計思想を持つ6つのモデルが同じ方向の変化を示した場合、その結果が偶然や特定モデルの癖によるものである可能性は低くなる。
結果として、rentosertibを投与されたグループでは、6つすべてのクロックが生物学的推定年齢の低下方向への変化を検出した。プラセボ群ではほとんど変化がなく、一部のクロックでは生物学的推定年齢の増加を示した。
最も明確な結果は投与開始から4週間後に現れた。1日60mg投与グループでは、暦年齢の推定を目的としたクロックが2.71年〜3.46年の生物学的推定年齢低下を示した。臓器別の解析を目的とした探索的モデルではさらに大きな数値も出たが、研究者たちはそれを全体の代表値とはしていない。重要なのは数値の大きさではなく、すべてのクロックが同じ方向を向いていたという事実だ。
rentosertibとは何か
rentosertibは、Insilico MedicineがAIを活用して設計した薬剤で、特発性肺線維症(IPF: Idiopathic Pulmonary Fibrosis)の治療を目的としている。IPFは肺に瘢痕(はんこん)組織が形成され、呼吸が徐々に困難になる疾患で、主に高齢者に発症する。炎症、細胞損傷、組織修復の障害といった病態は、老化プロセスとも重なる部分がある。
研究はInsilico Medicine、ハーバード大学医学部などの機関が共同で実施した。以前のrentosertibの臨床試験(Nature Medicine掲載)で採取された血液サンプルを再解析する形で行われた。対象はIPF患者71人のうち42人(平均年齢67歳)で、rentosertib(3段階の用量)またはプラセボを投与された。血液中の約3,000種類のタンパク質を測定し、6つの老化クロックで解析した。
rentosertibは、プラセボと比較して326種類のタンパク質の発現量を変化させた(プラセボでは2種類のみ)。変化したタンパク質には、肺の瘢痕形成・組織修復に関わるものだけでなく、炎症、エネルギー代謝、細胞ストレス、老化・損傷細胞の挙動に関連するものも含まれていた。
結果の解釈に必要な留保点
研究チーム自身が認めているように、この結果にはいくつかの重要な限界がある。
最大の問題は因果関係の分離が困難な点だ。 参加者全員がIPFという重篤な肺疾患を抱えていた。rentosertibが肺線維症を改善したとすれば、その改善だけで血液の生物学的プロファイルが若く見えるようになった可能性がある。つまり、クロックが検出したのが「老化プロセス自体の変化」なのか「疾患の改善」なのか、今回の研究では切り分けられていない。
その他の限界点:
- サンプルサイズが42人と小さく、観察期間も12週間と短い
- 4週間以降は生物学的推定年齢の若返り傾向が頭打ちになった(理由は不明。薬への適応、投与スケジュールの問題、クロックの検出限界などが考えられる)
- 参加者が長期的に健康を維持したり、寿命が延びたりすることは示されていない
- 筆頭著者のAlex ZhavoronkovはInsilico Medicineの創業者兼共同CEOであり、複数の共著者も同社に所属している(COIの存在として明示されている)
また、本研究はNature Biotechnology掲載とされており、元記事内ではDOIとして https://doi.org/10.1038/s41587-026-03286-y が参照されている。ただし、元記事(ScienceAlert)からの引用情報であるため、読者が原著論文を参照する際は当該DOIリンクの有効性を直接ご確認いただきたい。
「抗老化薬」ではまだない
現時点で、rentosertibを抗老化薬と呼ぶことはできない。今後、IPFでない人を含む大規模・長期の試験での検証が必要だ。
ただ、独立した設計を持つ6つのモデルが一致して同じ方向の変化を示したという事実は、研究の出発点として意味を持つ。疾患治療薬が老化に関わる生物学的プロセスに影響を与えうるかという問いへの探索が、今回の研究の本質的な貢献だ。
詳細はAI-Designed Drug Makes Patients' Blood Look Biologically Younger, Study Showsを参照していただきたい。