9月12日、Wiredが「'I'm Really Terrified': A Mathematician Grapples With AI's Recent Breakthroughs」と題した記事を公開した。この記事では、AIが数学の未解決問題に次々と迫る中、数学者スティーブン・ストロガッツがその意味と脅威を率直に語ったインタビューを詳しく紹介している。
「本当に怖い」——コーネル大学教授が吐露
コーネル大学の数学者・作家であるスティーブン・ストロガッツは、AIが数学にもたらした最近のブレークスルーについて話す際、涙を見せた。「科学は素晴らしい。でも、それに伴う人間的な不快さも大きい」と彼は語る。
トリガーとなったのは、2026年に立て続けに起きた3つの出来事だ。
- OpenAIが数万のAIエージェントを使い、懸賞金100万ドルが懸かっていた数学の難問に取り組み、解答を発表した(ナビエ-ストークス方程式の存在と滑らかさ問題)。ただし、この結果は現時点で独立した第三者による検証が完了しておらず、確定的な解決とは言えない点に注意が必要だ。
- AnthropicのモデルClaudeが、フェルマーの最終定理の既存の証明を形式化しながら2万9,500の小定理を証明した。
- OpenAIが8月、10の長年未解決だった数学問題で進展を発表した。
ここで補足しておくと、ナビエ-ストークス方程式の「存在と滑らかさ(Existence and Smoothness)問題」は、クレイ数学研究所が2000年に設定した「ミレニアム懸賞問題」7問のうちの一つだ。各問題には100万ドルの懸賞金が設定されており、現在までに解決されたのはポアンカレ予想のみである。なお、「90年来の問題」という表現は、ナビエ-ストークス方程式自体が19世紀に定式化されたものとは別に、今回AIが取り組んだ特定の数学的定式化・アプローチが提起されたタイミングに由来するとみられるが、元記事中でその詳細な根拠は明示されていない。
ストロガッツはこの状況を「2026年は数学の annus mirabilis(ラテン語で「奇跡の年」の意)として、あるいは annus horribilis(同じくラテン語で「惨禍の年」の意)として記憶されるだろう」と述べた。
クレジット争いが示す"人間的な不快さ"
OpenAIのナビエ-ストークス問題へのアプローチをめぐっては、ニューヨーク大学のTristan BuckmasterとAnthropicの研究者Levent Alpögeが抗議を表明している。BuckmasterはOpenAIが自分たちの研究を知った上で先を越したと主張し、成果の功績帰属にも干渉しようとしたと訴えている。
今回の取り組みはスペインの数学者Diego CórdobaとLuis Martínez-Zoroaが開発した戦略を基盤としている。ストロガッツはCórdobaらが賞金を受け取るべきだとしつつも、「Buckmasterも数日前に密接に関連する問題を投稿しており、辿り着けていた可能性がある」と評価する。
ストロガッツはBuckmasterの対応をこう称えた。「彼はクレジットの扱いについて非常に誠実だ。紳士的に振る舞っている。彼がキャリアを捧げてきたものを得られないのは気の毒だ」。
ストロガッツはこの騒動の背景に、IPO前のAIラボが見出しを争う構図があると指摘する。
「もう私は知識の最前線にいない」——共著者の嘆き
ストロガッツの著書共著者でもあるコーネル大学のAlex Townsendは、ChatGPTを使って数十年来の数値線形代数問題を解いた当事者でもある。しかし彼はこう語る。
「15年間を研究数学に捧げてきて、今がキャリアの絶頂期だというのに、その絶頂のスキルはもはや意味を持たない。何かが私を超えてしまった。以前は世界トップクラスとして知識のフロンティアを押し広げていると感じていた。今は自分がフロンティアにいるとは思えない。AIエージェントを持つ人間になってしまった。それは全然違う感覚で、完全に脅威を感じている。」
AIは数学者を不要にするか
ストロガッツは「AIなしでは突破口となる数学で競えなくなる」と言い切る一方、完全な代替については慎重に区別する。
AIがまだ苦手な領域として彼が挙げるのは:
- 「証明の消化」——機械が出した証明を人間が理解できる言葉に翻訳する作業。「最後の砦になるかもしれないが、それもいずれ機械が超えるだろう」
- 数学的センス(taste)——何が面白い問題かを選ぶ能力。「機械はまだそれを持っていない。でも審美的な訓練を積めばできるようになるかもしれない」
- 応用数学——現実世界の複雑さが増すほど、AIへの抵抗は高まる。経済学、国際関係、社会学はまだ安全な領域かもしれない
しかし根本的な問いはこうだ。「数学が機械の方が得意な美しいゲームになってしまったとして、では誰が人間の数学者にお金を払うのか?」
数学は"炭鉱のカナリア"か
ストロガッツは最後にこう問いかける。「私たちは今、人間の理解が失われる瀬戸際にある最初の戦場にいる。幸いにも数学はまだ影響範囲が限られている。でも数学者が体験することは、やがて人類全体が直面することの先触れかもしれない。」
AIがブレークスルーをもたらす速度が上がる一方、その意味を理解し、問いを立て、何が重要かを判断する主体が誰なのかは、まだ答えが出ていない。
詳細は'I'm Really Terrified': A Mathematician Grapples With AI's Recent Breakthroughsを参照していただきたい。