9月14日、StarupHub.aiが「OpenAI says its AI cracked Navier-Stokes」と題した記事を公開した。OpenAIがAIシステムによって数学の未解決問題「ナビエ・ストークス方程式」を解いたと主張する一方、数学者からは「証明とは何か」という本質的な疑問が提起されており、発表の意義をめぐる議論は現在も続いている。
ミレニアム懸賞問題に、AIが踏み込んだ
ナビエ・ストークス方程式(Navier-Stokes equations)は、流体の運動を記述する偏微分方程式であり、クレイ数学研究所が2000年に設定した「ミレニアム懸賞問題」の一つだ。賞金は100万ドル。100年以上にわたって世界中の数学者が取り組んできた問題に、OpenAIのAIシステムが解を出したと主張している。
具体的に何が行われたかというと、約10,000のAIエージェントが数日間で数百万件のメッセージを交わしながら問題に当たった。アーキテクチャとして全く新しい証明システムを開発したわけではなく、汎用LLMを大規模に並列オーケストレーションして古典的な解析問題にぶつけるというアプローチだ。
「強制項」をめぐる功績争い
技術的な核心は「強制項(forcing)」と呼ばれる概念にある。クレイ研究所の問題定式化に含まれるが、長年見落とされがちだったこの項を、CordobaとMartínez-Zoroaが爆発解(blow-up)の研究で復活させた。
OpenAIが発表する前日、NYU数学者のTristan Buckmasterとハーバード大学数学科の研究者でもあるLevent Alpöge(元記事では同時期にAnthropicに在籍していたと紹介されている)が、粘性項を除いた簡略版であるオイラー方程式に対してこの強制項を用いた爆発解の論文を公開している。OpenAIはその取り組みをキャッチし、最終的にフルのナビエ・ストークス方程式まで押し進めたと主張している。
元記事によれば、BuckmasterとAlpögeはAnthropicのClaude(競合LLM)を用いて数学的な可能性を探索していたという。OpenAIが全6つのミレニアム問題を対象に始動し、後にナビエ・ストークスとオイラーに絞ったという経緯も報じられており、発表の順序と功績の帰属については今も議論が続いている。
数学者の反応:「証明」とは何か
OpenAIの数学部門を率いるSébastien Bubeckは「スケーリングの停滞を乗り越えるアイデアを十ほど試したところ、すべて機能した」と述べた。OpenAIの共同創業者Greg Brockmanはさらに踏み込み、今回使われたGPT-6 Astra(OpenAIが今回の取り組みに投入したとされるモデル。元記事ではAGI候補として位置づけられている)を「AGI(汎用人工知能)の初期形態」と表現した。
これに対し、Fields賞受賞者でもある著名数学者Terence Taoは、元記事の記述によれば批判的な見解を示している。元記事が引用する表現では「システムは生肉の塊をテーブルに叩きつけているだけで、なぜその定理が成り立つかを説明していない」というものだ。証明のプロセスそのものが数学的な理解の核であるという立場からの批判であり、単に結果が出るかどうかとは別次元の問いを提起している。
賞金の観点でも問題がある。「強制項あり」の爆発解はClayの問題文には合致するかもしれないが、数学界が直感的に想定してきた「強制項なし」の問題には答えていない可能性がある。OpenAI自身は賞金を請求するつもりはないと明言しているが、Clay研究所が100万ドルをどう判定するかは未決定だ。
競合との比較
同分野での他社の動きは対照的だ。
- Anthropic:Claudeを使いフェルマーの最終定理をコンピュータ検証可能な形式証明に落とし込むプロジェクトを11日間の自律作業で完了させた。
- Google DeepMind:強化学習ベースのAlphaProofで、非形式的な数学をLean言語の形式文に翻訳し証明ライブラリを構築するアプローチを採用している。
OpenAIのアプローチは証明アーキテクチャではなく「大規模エージェントオーケストレーション」であり、方向性がかなり異なる。
コストと「なぜ」の問題
元記事が最後に問うのは、科学にとっての意味だ。1,500万ドル相当の計算資源を88時間投入すれば、数十年分の集合的努力を圧縮できるとすれば、ボトルネックはモデルの能力ではなく、「なぜその経路が正しいのか」を問い続けられるかどうかに移る。
また、OpenAIはホッジ予想(Hodge conjecture、これもミレニアム問題の一つ)にも照準を向けているとの観測も紹介されている。純粋数学の研究者の間には、証明の生産プロセス自体が変容するという危機感が広がっているという。
詳細はOpenAI says its AI cracked Navier-Stokesを参照していただきたい。