9月12日、Sean Goedeckeが「Don't build tools for AI agents」と題した記事を公開した。「AIエージェント向けにソフトウェアを作れ」という主張が業界で勢いを増す中、Goedeckeは正反対の立場を取る——AIエージェント向けに特化したツールを作ることは、ほとんどの場合失敗する、と。
Goedecke自身も、自分のAIエージェントが自分よりもはるかに頻繁にDatadogを使っている、と認めている。並列実行・高速処理が前提のエージェントは、ツールの利用頻度が人間とはケタ違いだ。それでも彼は、「AIエージェント向けにXを作る」という試みのほとんどは失敗すると主張する。その理由は3つある。
AIに最適なツールは、人間にも最適だ
最も核心的な主張がこれだ。AIエージェントに良いツールは、そのまま人間にも良いツールになる。
エージェントはテキストを入力し、APIを呼び出し、画像を読む。つまり人間のエンジニアとまったく同じ方法でコンピュータを操作する。仮にJiraをAIエージェント向けに再設計しても、できあがるのは「Jiraに近いもの」だ。
Goedeckeはヒューマノイドロボットを例に挙げる。人型ロボットは人間の手足と同じ形状をしているため、人間向けに設計されたツールがそのまま使える。ロボットを人型にすれば人間用ツールが使えるようになり、人間用ツールが豊富だからこそ人型ロボットが有利になる——という自己強化のサイクルが生まれる。AIエージェントにも同じ原理が働いている、というのがGoedeckeの主張だ。ヒューマノイドの例は直感的にわかりやすいが、Goedeckeの本質的な問いはそこではなく「エージェント専用に再設計する投資は、本当に回収できるか」という点にある。
既存ツールには「学習データの優位性」がある
2つ目の理由が、見落とされがちな視点だ。既存ツールはすでにAIの学習データの中に大量に含まれている。
仮に新しいAIエージェント向けツールが既存ツールより20%優れていたとしても、エージェントがすでに既存ツールを熟知している利点がその20%を上回れば、エージェントは新ツールを使うべきではない。
これはプログラミング言語に顕著だ。AIエージェントは既存言語のライブラリ、パターン、慣用句について膨大なトークン量の知識を持っている。「AIエージェント向け新言語」を設計しても、既存言語と同等の習熟度に到達させるのは極めて困難だ。
エージェントの理想的なインターフェースはまだわかっていない
3つ目は、現時点での不確実性だ。「AIエージェントは静的型付け言語を好む(フィードバックループが速いから)」といった俗説が流布しているが、実際に計測してみるとどのツールがエージェントに向くかは判然としない。
Goedeckeはこの根拠として、ソフトウェアエンジニアリングや計算機科学のトピックを実測・考察することで知られるブログ「danluu.com」を運営するDan Luuの実測記事を参照している。同記事では各プログラミング言語のトークン効率が実際に計測されており、俗説と実測値のギャップが示されている。
Golangを例にすれば、「コンパイルが速く静的型付きだから優れている」という説と、「定型文が多くコンテキストウィンドウを圧迫するから最悪だ」という説の両方が成立する。しかも状況は急速に変化している。昨年はコンテキストウィンドウをいかに小さく保つかが課題だったが、最近はcompaction(圧縮技術)の進化により、272kのコンテキストウィンドウをほぼ無制限に再圧縮できるようになっている。「エージェントに最適な設計」の定義自体が、モデルの進化とともに半年単位で変わりうるのだ。
では何をすべきか
Goedeckeは「何もするな」とは言わない。既存プロダクトをエージェント対応させる現実的な手段として以下を挙げている:
- 情報をプレーンテキストやMarkdownで取得できるエンドポイントの提供
- 使いやすいAPIの整備
- MCP(Model Context Protocol)サーバーやCLIの実装
ただし、これらは「マージン上の改善」であり、プロダクトの根本的な再設計ではない。現時点での「AIエージェント向け設計」の実態は、「UIよりAPIを優先する」という程度の話だ。そしてモデルのComputer Use精度が向上するにつれ、「エージェント向けツール」と「人間向けツール」の差はさらに縮まっていく、とGoedeckeは見ている。
「AIエージェント向け」を謳うプロダクトへの投資が加速する中で、Goedeckeの主張は冷静な問い直しを迫る。エージェント対応を検討しているエンジニアやプロダクトマネージャーにとって、「専用設計」と「既存設計の整備」のどちらに工数をかけるべきかを再考する視点として参照する価値がある。
詳細はDon't build tools for AI agentsを参照していただきたい。