9月11日、CNBCが「Y Combinator's Garry Tan says 'do nothing' about distillation as AI giants accuse China of copying their tech」と題した記事を公開した。中国AI企業による「不正蒸留」問題で米国の大手AI企業が規制強化を訴える中、Y CombinatorのCEO Garry Tanが「何もするな」と真逆の主張をしたことが注目を集めている。その主張の背景には、フロンティアモデル各社が自社のデータ収集の正当性を主張しながら蒸留のみを問題視するという、業界全体が抱える構造的な矛盾がある。
「蒸留」問題とは何か
モデル蒸留(ディスティレーション)とは、より高性能なAIモデルの出力を使って、小型・低性能なモデルを訓練する手法だ。技術的には正当な用途もあるが、他社のモデルの出力を無断で利用するケースが「不正蒸留」として問題視されている。
この問題で特に強硬な姿勢を取っているのがOpenAIとAnthropicだ。AnthropicはMoonshot AI、DeepSeek、MiniMaxといった中国企業が蒸留を行っていると名指しで非難している。OpenAIはDeepSeekのV3・R1モデルが自社のGPT-4およびGPT-4oから蒸留されたと見ている。さらに今週火曜日には、米国のNSA(国家安全保障局)、CISA(サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)、FBI(連邦捜査局)が連名で公式サイバーセキュリティ勧告を発出し、中国系AI企業による蒸留行為への警告を発した。
Tanの立場:「何もするな」
シリコンバレーの大手が規制強化を訴える中、Garry Tan は真逆の立場を取った。Y Combinatorの年次デモデイの場でCNBCのKate Rooneyに対し、蒸留への対応についてこう述べた。
「私なら何もしない。アメリカ版の蒸留体制を作るべきだという議論もできる。」
Tanが重視するのは、オープンウェイトモデル(モデルの重みを公開し、誰でも利用・改変できるモデル)とフロンティアモデル(OpenAIやAnthropicが提供するような、最先端の非公開クローズドモデル)の共存だ。具体的には、フロンティアモデルが価格プレミアムを維持することでビジネスモデルとして成立しつつ、オープンウェイトモデルが自由なアクセスを提供するという均衡状態を目指すべきだと主張する。
「オープンウェイトモデルが人々に自由とアクセスをもたらす。それが理想的な状態だ。規制当局であれば、そこに注力するだろう。」
この均衡は「綱渡り」だと認めつつも、「最善の結果につながりうる」と述べた。
蒸留批判への反論という文脈
Tanの主張には重要な背景がある。OpenAIやAnthropicが蒸留を問題視する一方で、そもそも彼らのモデルを訓練したデータ自体が著作権上グレーゾーンにあるという批判が根強い。ニューヨーク・タイムズは2023年にOpenAIとMicrosoftを著作権侵害で提訴しており、書籍著者の団体とAnthropicの間でも著作権をめぐる訴訟が続いている(※編集部の考察:Tanはこの点にも言及しており、フロンティアモデル各社が「自分たちのデータ収集は問題ない」と主張しながら蒸留だけを訴えることへの矛盾を暗に示しているとも読める)。
AIリスク観:「サイエンスフィクションより、今起きていることを見ろ」
Tanは蒸留問題だけでなく、AI安全性の議論についても持論を展開した。公衆の「AIによる絶滅リスク」への懸念が高まっている中、Tanは冷静な見方を示した。
「科学的事実に集中すべきであり、サイエンスフィクションに反応すべきではない。今現実に起きていることに対応しなければならない。」
Tanが直近のリスクとして重視するのはサイバーセキュリティだ。一方、雇用喪失などの経済的インパクトは「社会に浸透するまでに数十年かかる。それは悪いことではない」とする長期的な見方を示した。
なお、Anthropicは木曜日、特定されていない外国の研究者5件について、危険な病原体研究にClaudeを使用していたとしてアクセスをブロックしたと報告している。
YC、デモデイで196社中149社がAI関連
今回のデモデイに登場した196社のスタートアップのうち、149社が機械学習・AIベンチャーに分類された。Tanの「蒸留を放置せよ」という姿勢は、YCがAIへの投資を積極的に加速させる立場を反映したものでもある。
詳細はY Combinator's Garry Tan says 'do nothing' about distillation as AI giants accuse China of copying their techを参照していただきたい。