9月11日、The Hacker Newsが「Russian State-Sponsored Hackers Use Claude to Rebuild Malware After Detection」と題した記事を公開した。ロシア国家支援のハッカー集団がAnthropicのAI「Claude」を悪用し、セキュリティ製品に検出されるたびマルウェアを自動で再構築・再展開するAI駆動のワークフローを構築していた事実が明らかになっている。
「検出されたら即座に作り直す」——AIが攻撃の自動化を加速
Anthropicは2026年9月、同社がGTG-20006と命名したロシア国家支援の脅威アクターによるClaudeの悪用を確認・阻止したと公表した。なお、この識別子「GTG-20006」はAnthropicが同社の脅威インテリジェンスレポート内で使用している独自の命名であり、The Hacker Newsによる呼称ではない。GTG-20006は、広く知られるAPT29(別名:Midnight Blizzard / Cozy Bear)と関連するクラスターとされている。
この攻撃の核心は、検出回避の自動化ループにある。従来のサイバー攻撃では、防御側が新しい検知ルール(シグネチャ)を展開することで攻撃者の動きを一時的に止めることができた。今回の事例では、その前提が崩されている。
Anthropicの説明によれば、GTG-20006はAIエージェントを使って自社ツールのセキュリティ製品による検知状況を常時監視し、いずれかのマルウェアが検出された場合、別のエージェントが自律的にコードを改変・再ビルドして既存の検知をすり抜けられる状態にするという仕組みを構築していた。
「AIは防御コストを攻撃者から防御者側に転嫁した。以前は新しい検知ルールの展開によって攻撃者の作戦テンポを落とせたが、その前提が崩れた」——Anthropic
再ビルドされたマルウェアは使い捨ての一時ホスティングサーバーに配置され、フィッシング、ClickFix、DNSハイジャックなどの手口で被害者に届けられる。
ツールキットの全容
GTG-20006が展開したツールキットは多岐にわたる。
- Windowsインプラント(複数):PowerChrome、WUEngine、Shadow C2、MiniPlasma、CloudSyncSvc
- いずれもバックドア・C2通信・永続化を担うコンポーネントで、再ビルドループによってシグネチャを変えながら運用される
- PowerChromeはブラウザプロセスへのインジェクションを通じてクレデンシャルを収集し、WUEngineはWindowsアップデート関連プロセスを偽装して永続化を図るとされている
- モバイル攻撃キット
- Android:GiftDrop(GiftsExpress Android監視RATのリブランド版)——通話・メッセージの傍受、位置情報取得、カメラ・マイクへのアクセスが可能なモバイルRAT(リモートアクセストロイの木馬)
- iOS:DarkSword——流出した既存のiOSスパイウェアを転用したもので、通知や通話記録の傍受に使われる
- ブラウザのパスワードストアを標的にしたクレデンシャル窃取ツール——Chrome系ブラウザの保存済みパスワードや認証トークンを抽出する
- 政府機関などを偽装するフィッシングプラットフォーム——公的機関のログイン画面を模倣し、認証情報を詐取する
- 侵害済みアカウントを管理する管理コンソール——複数の被害組織への並行アクセスを一元管理する
また、クラウドメール諜報プラットフォームも開発しており、Embassy Kitと呼ばれるデバイスコードフィッシングフレームワークを使ってMicrosoft 365のアクセストークンを窃取している。デバイスコードフィッシングとは、OAuth 2.0のデバイス認証フローを悪用した手法で、攻撃者が発行した正規に見えるコードをターゲットに入力させることでアクセストークンを詐取する。多要素認証(MFA)が設定されていても、トークンそのものを奪うためMFAによる防御を回避できる点が危険視されている。Embassy Kitはこの仕組みを自動化したフレームワークであり、検察庁、軍事教育機関、地域国際機関を含む少なくとも8組織のメール記録を不正取得している。
ホテルWi-Fiを踏み台にした標的拡張——AI活用による「物理的」な諜報との融合
攻撃経路として特に興味深いのが、ホスピタリティ業者への侵入だ。これはAIを使った攻撃自動化が、デジタル空間だけでなく物理的な諜報活動とも組み合わさっている点で、本事案の主軸であるAI駆動型オペレーションの射程の広さを示している。
GTG-20006は少なくとも3社のホテルゲスト用Wi-Fi運営事業者を侵害し、管理者認証情報を使ってDNSレコードを改ざん。ホテルWi-Fiに接続したゲストのトラフィック、デバイス識別子、IPアドレスを攻撃者のサーバーへ送信させた。
さらにホテル管理システムから得たデータを使って、ウクライナ政府関係者やドローン製造者といった追加標的を特定する行動も確認されている。ここでもAIが標的リストの分析・優先順位付けに活用されており、人手をかけずに次の攻撃対象を絞り込む役割を担っていた。
被害者のWhatsAppアカウントについても、ヘッドレスブラウザを使って「コンパクトデバイス」としてリンクさせ、ロシア語・ウクライナ語の会話を既読通知を抑制しながら一括エクスポートするという手法が使われた。この盗聴工作もまた、AIによる自動化ループが支えるオペレーション全体の一部として機能していた。
AIは攻撃オペレーション全体に組み込まれていた
Anthropicは「アクターはオペレーションのあらゆる段階でAIを活用していた」と述べている。具体的には以下の用途でAIが使われていた。
- マルウェアの検知状況の監視と自動再構築
- ドメイン登録、フィッシングメール送信インフラの構築・運用
- フィッシングメールの配信とC2チャネルの侵害成否の監視
- オンプレミス環境でのインプラントのステルス性・永続性の監視
今回の攻撃はReliaQuest、Microsoft、Google、Lumen Black Lotus Labsがそれぞれ報告しているCaptiveCrunchキャンペーンとも重複している。
標的は20以上の組織に及び、ウクライナ・ヨーロッパを中心に、政府省庁、防衛・情報機関、大使館、シンクタンク、防衛産業企業が含まれる。中東やアジアの海事関連政府機関も対象となった。北アフリカの政府機関へのVPN経由の侵入では、30万件以上の国民ID記録と50万社以上の企業登記データが流出している。
AIを「攻撃ツールの自動進化エンジン」として組み込むというアプローチは、防御側のシグネチャベース検知の有効性を根本から揺るがす。静的な検知ルールへの依存度が高い環境では、このような自動再構築ループに対して構造的に脆弱になる。
詳細はRussian State-Sponsored Hackers Use Claude to Rebuild Malware After Detectionを参照していただきたい。