9月11日、Vercelが「How Tailscale built a customer-facing model router on AI Gateway」と題した記事を公開した。この記事では、TailscaleがVercel AI Gateway上にAPIキー不要・ネットワークID管理付きの顧客向けモデルルーターを構築した実装事例について詳しく紹介されている。
AIモデルへのアクセス管理を「ネットワークID」で解決する
Tailscaleは、社内のノートPC・サーバー・クラウドインスタンス・個人デバイスを一つのプライベートネットワーク(tailnet)に接続するセキュアな接続基盤だ。同社のAperture by Tailscaleは、そのtailnetの概念をAIに適用したプロダクトである。なお、記事公開時点におけるApertureの提供ステータス(正式リリース済み/ベータ・プレビュー段階)については元記事内に明示がなく、導入を検討する際はTailscale公式サイトで最新情報を確認されたい。
従来のAIモデルアクセスの課題は、従業員・エージェント・ツールそれぞれにプロバイダーのAPIキーを発行・管理する必要がある点だ。Apertureはこれを根本から変える。tailnetへの参加・離脱がそのままモデルへのアクセス付与・剥奪になる。キーの発行も失効処理も不要で、ネットワークIDが全てを制御する。
この仕組みの核心部分を支えているのがVercel AI GatewayとVercel Sandboxである。
「自前で作ろうとしたが、複雑さが想定外だった」
TailscaleはApertureの開発初期、ルーティング層・実行層を自社構築しようとした。しかし調査を進めるうちに断念する。
Aperture Product LeadのRemy Guercioはこう語る。「エンドポイントは全部同じだと思うじゃないですか。違うんですよ。」
実際にTailscaleは、一部の未移行顧客向けに自前のプロバイダー接続を今も維持しており、その複雑さを肌で知っている。エンジニアのDavid Carneyはこう述べる。「大手プロバイダーがやっていないことで、ゲートウェイがやってくれることの一つが、レスポンスにコストを含めることです。最初は自分たちで構築しましたが、複雑さが尋常じゃなかった。」
また、エージェントのセキュリティ面でも壁に当たった。プライベートデータにアクセスし、そのテキストに基づいて行動し、インターネットにも到達できるエージェントは、「lethal trifecta(致命的な三重脅威)」と呼ばれるセキュリティ問題を引き起こす。これはTailscaleが自社で用いる用語であり、機密データへのアクセス・自律的な行動実行・外部ネットワーク到達性という三つの性質が同時に存在することで生じるリスクを指す。適切な対策は、IDとアクセス制御を組み込んだ隔離されたサンドボックス環境だ。
「サンドボックスまで自分たちで構築しようとしていたら、製品を出せなかったと思います。Vercel上でプロトタイプから有料顧客獲得まで、数ヶ月で到達できました。」
— David Carney
AI Gatewayで解決した3つの課題
1. 数百モデルへの単一API
Vercel AI Gatewayは数百のモデルに対して単一のAPIエンドポイントを提供し、すべてのリクエストにコストと使用量を返す。Tailscaleはプロバイダーごとの料金テーブルを自社で管理・更新し続けるコストを負わずに、顧客に対してリアルタイムの利用コストを提示できる。プロバイダーごとにAPIの仕様・エラーハンドリング・レスポンス形式が異なるという現実を、ゲートウェイ層で吸収している点が大きい。
2. ゼロデータリテンション(ZDR)
Tailscaleの顧客はデータ保護に厳格だ。Vercel AI Gatewayはデータを保持せず、グローバルに設定するか、リクエスト単位で zeroDataRetention フラグを使ってZDR対応プロバイダーへのルーティングを自動的に制限できる。どのモデル・プロバイダーがZDRに対応しているかは随時変化するが、そのロジックの追跡・管理をTailscale側が担う必要はない。
「どのモデルがZDRに対応しているかは常に変わっていきます。でも、そのロジックを自分たちで書く必要はない。全部ゲートウェイが面倒を見てくれる。」
— David Carney
3. トークンコストのマークアップなし
Vercel AI Gatewayはどのプロバイダー・モデルに対してもトークンコストのマークアップを行わない。顧客がBYOK(自社キー持ち込み)の場合も同様で、プロバイダー直接利用と同一レートが適用される。Tailscaleは顧客へのコスト転嫁において余計なマージン計算を挟まずに済む。
エージェントの実行フロー:キーを一切発行しない
エージェントをtailnet内で安全に動かすワークフローは以下の通りだ:
- Vercel Sandboxが起動し、Apertureに接続する
- ApertureがVercel AI Gatewayに接続する
- Tailscaleのネットワーク層がネットワークアイデンティティを検証する
- エージェントが処理を実行する
- サンドボックスがシャットダウンする
エージェントにAPIキーは一切発行されない。 アクセス権はtailnetのネットワークIDに完全に依存する。サンドボックスはエフェメラル(一時的)な存在として起動・終了し、実行後に残留するクレデンシャルも存在しない。
Tailscaleはサンドボックス層でも複数プロバイダーを比較検討し、別プロバイダーで動作実装まで完成させた後にVercelへ切り替えている。
「多くのサンドボックスプロバイダーを試し、あるプロバイダーでは完全な実装まで作り上げました。それでもVercelに乗り換えました。切り替えが驚くほど簡単だったんです。」
— Remy Guercio
社内移行は「誰も気づかなかった」
Tailscaleの社内AI利用は多くの企業と同じく、チームごとに個別のプロバイダーアカウントが積み重なった状態だった。Apertureをゲートウェイとして使っていたが、その背後では個別プロバイダーを直接呼んでいた。
AI Gatewayを顧客向けに導入した後、社内でも移行を実施。Apertureのリクエスト先をAI Gatewayに切り替えるスイッチを実装し、従業員から見えるエンドポイントは変えずにカットオーバーした。
「会社全体をAI Gatewayに切り替えるのに数秒かかりました。誰も気づかなかった。それが一番興奮した部分です。誰も気づかなかった。」
— Remy Guercio
現在、このTailscale自身の移行プロセスが、複数プロバイダーアカウントを抱えるエンタープライズ顧客向けのマイグレーション・プレイブックになっている。
次のフェーズ:「10分でアプリ完成」を目指す
Apertureはエンジニア向けのシンプルなゲートウェイとして始まったが、現在はチャットUI・MCPコネクタ・エフェメラルノードとして起動可能なVercel Sandboxを備えるまでに成長した。次の目標は「time to first app」。サインアップからプロンプト実行・アプリ構築・共有まで、10分以内に完結させることだ。
Davidはルーターを自前で構築しようとする企業へのアドバイスをこう締めくくっている。「多くの人が自前のルーターを作りたがる。我々もそうしようとした。でも、別のルーターを作る必要はない。」
詳細はHow Tailscale built a customer-facing model router on AI Gatewayを参照していただきたい。