9月8日、CNBCが「How one hedge-fund manager built his firm to be powered entirely by AI agents」と題した記事を公開した。ヘッジファンドマネージャーのBrian Kellyが、従業員を一切雇わずAIエージェントだけでトレーディング会社を運営しており、人件費を年間500万ドルから3〜4万ドルへ、約100分の1以下に圧縮したという。
人件費を年間500万ドルから4万ドルに削減
Brian Kellyは以前、暗号資産ヘッジファンドを運営しており、世界各地に7〜8人のスタッフを抱えていた。給与・医療保険・オフィス費用・ボーナスを含めた労働関連コストは、年間約500万ドル(約7.5億円)に達していたという。
2025年初頭にそのファンドを閉鎖した後、KellyはAIを試験的に活用し始め、新会社Bracket22を立ち上げた。同社はKelly自身の資金のみを運用し、暗号資産・株式・商品(コモディティ)をトレードしている。
現在の運営コストはどうか。Kellyが明かした数字は驚くほどシンプルだ。
「AIを使った今、年間総コストは3万〜4万ドル程度だ。すべてのAIエージェント、コンピューティングリソース、ヘッジファンドを完全に再現するために必要なすべてのものを含めてだ」— Brian Kelly
年間3〜4万ドル。元のコストと比べると約100分の1以下である。
役割が明確に分かれた専門エージェント群
Bracket22の実態は、名前と役割を持つ複数のAIエージェントが協調して動くシステムだ。ここでいう「AIエージェント」とは、大規模言語モデル(LLM)を中核に置き、与えられた目標に対して自律的にタスクを計画・実行するソフトウェアを指す。単なるチャットボットとは異なり、ツール呼び出しや外部データ参照、複数ステップの意思決定を繰り返しながら動作する点が特徴だ。
Bracket22が運用するエージェントは以下の通りである。
- Steffi:テクニカル分析担当。価格チャートや各種指標を解析し、エントリー・エグジットの判断材料を生成する
- Desmond:クオンツ(定量的)戦略担当。統計モデルや数値データに基づいたシグナルを提供する
- Houston:ミッションコントロール役。各エージェントの出力を統合し、最終的な推奨をKellyに提示する
元記事では使用するLLMやオーケストレーション基盤の詳細は明示されていないが、Kellyはこうした複数エージェントの協調構成を「マルチエージェント・オーケストレーション」として活用している。
設計思想として、Kellyはあえて各エージェントを独立させ、互いの判断に干渉させないようにしている。「それぞれを専門家として育て、バイアスのない意見を引き出したかった」と語っている。最終的な投資判断は、Kelly自身の人間としての判断に委ねられる構造だ。
エージェントが24時間365日稼働する一方、意思決定の最終ループには人間が介在する設計は、現時点のAIエージェント活用における現実的な落としどころとも言える。
「置き換え」より「増強」という視点
Kellyは自社の事例を単純な「人間の代替」とは捉えていない。
「100人のスタッフがいれば、AIで1000人分の戦力になれる。全員をAIエージェントに置き換えるという話ではなく、既存の社員を少なくとも10倍、あるいはそれ以上に生産的にできる」
Kellyは自身の生産性についても「エージェント活用で少なくとも10倍向上した」と推定している。
Wall Streetでも進む導入、懸念も
Bracket22の事例は孤立した例ではない。JPMorgan ChaseのCEO Jamie DimonはAIによる「大規模な人員再配置計画」を表明しており、自律的に数時間稼働するAIエージェントを今年後半にローンチする予定だと報じられている。Morgan Stanleyもウェルスマネジメント業務の一部をAIに移管しつつある。
一方で、Goldman Sachsのパートナーは「AIへの依存がバンカーの論理的思考力を侵食するリスク」を最近警告しているとCNBCの元記事は伝えている。ただし元記事では該当パートナーの人名や発言の具体的な出典は明示されておらず、詳細は原文を直接確認されたい。ツールとしての有用性と、人間スキルの空洞化というトレードオフは、業界全体の課題として浮上している。
Bracket22の構成は現時点では小規模であり、Kelly自身の資金のみを扱うという点で、大規模な機関投資家とは前提が異なる。だが、コスト構造・運営体制・意思決定フローのいずれにおいても、AIエージェント活用の一つの到達点を示す実例であることは確かだ。
詳細はHow one hedge-fund manager built his firm to be powered entirely by AI agentsを参照していただきたい。