9月10日、ZME Scienceが「Anthropic Says AI Could Make America Much Richer, Forecasting 33% GDP Growth by 2030. The Catch Is That Millions of Knowledge Workers Lose Their Jobs」と題した記事を公開した。AIが経済を急成長させながら、同時にナレッジワーカーを大量に失業させる——これが、Anthropicが新たなワーキングペーパーで示した「楽観シナリオ」の正体だ。
Anthropicが描く3つの未来
Anthropic Instituteの経済学者チーム(Anton Korinek、Charles I. Jones、Szymon Sacher、Tess Cotter、Peter McCrory)は、2030年の米国経済について3つのシナリオをモデル化した。Anthropicは「これらはシナリオであり、予測ではない」と明言しているが、その内容は無視できない数字を並べている。
①モデストシナリオ(小規模な影響)
AIは「また一つ便利な技術」に留まる。GDPはAI非導入の場合と比べて1.6%増にとどまり、雇用への影響もほぼなし。
②サブスタンシャルシナリオ(相応の影響)
経済全体のタスクの約12%にAIが活用され、そのうち4分の3が人間の作業を「補助」ではなく「代替」する。GDPは8.3%増、年間経済成長率は5.4%に達する。一方、ナレッジワーカーの雇用は約4%減少する。
③楽観シナリオ(急進的な変化)
最も注目すべきはこのケースだ。「楽観」という名前がついているが、多くのホワイトカラーにとっては最悪に近い内容である。なお、この「楽観」はモデルが想定する経済成長の最大化という観点からの命名であり、労働者にとっての楽観を意味するわけではない点に注意が必要だ。
「楽観シナリオ」の中身
このシナリオでは、経済全体のタスクの30%にAIが活用され、それはナレッジワーカーが現在こなす作業量の約半分に相当する。AIはそれらのタスクで生産性を2倍以上に引き上げ、AI実行タスクの90%が完全自動化される。
その結果、GDPはAI非導入の場合と比べて32.4%増(元記事タイトルは概数で33%と表記)、年間成長率は**15.4%**という数字が弾き出される。これは1940年代初頭の戦時動員期以来、米国が経験したことのない水準だ。
だが同時に、認知系職種の雇用は21.5%減少する。ナレッジワーカーの失業率は**17.9%、経済全体でも11.9%**に達する。通常ならリセッション(景気後退)と呼ばれる水準の失業率が、空前の好景気と同時に発生するという、前例のない事態だ。
Anthropicはこれを大恐慌後の回復期と比較しているが、「あの時代は崩壊からの回復であり失業率は下がっていた。今回想定されるのは、富を猛烈なスピードで生み出しながら、必要な人間の数を急速に減らしていく経済だ」と記事は指摘している。
誰が恩恵を受け、誰が損をするか
Anthropicのモデルでは、AIショック前は経済的産出の60%が労働者の報酬、40%が資本(企業・機械・ソフトウェア等のオーナー)に配分されると仮定している。
楽観シナリオでは、この比率が逆転する。
- 労働への分配:45.2%
- 資本への分配:54.8%
平均賃金は上昇するが、その中身には大きな格差がある。
- AI非代替職種(配管工、電気工事士、建設作業員など):賃金が33.6%増
- ナレッジワーカー(プログラマー、会計士、弁護士、アナリストなど):賃金が11.5%減
つまり、米国全体として豊かになる一方で、長年かけて専門スキルを積み上げてきた層が、そのスキルの市場価値の下落に直面する構図だ。
実際の動向として、Financial TimesはUBSが今後のジュニアバンカー採用においてAI習熟度の証明を義務づけると報じている。若手アナリストが担っていたリサーチや財務分析、資料作成といった業務がAIに移行しつつあることの表れだ。また、MetaはReutersの報道によれば社員の大部分をAIエージェントに置き換える計画を試みたが、信頼性の問題と社員の抵抗によって計画は縮小されたとされる。いずれも一次報道への直接リンクは元記事に含まれていないが、Anthropicのシナリオと平仄の合う実例として記事中で言及されている。
最悪のシナリオは既定路線ではない
現実の米国労働市場は、まだ楽観シナリオとはかけ離れている。Anthropicの極端な結果が実現するには、「AIの急速な能力向上」「企業による迅速な導入」「AI活用の90%が代替」「新たな人間向けタスクの不発生」「失業したプロフェッショナルの転職困難」という複数の悲観的仮定が同時に成立する必要がある。
また、モデルには重要なトレードオフも示されている。このトレードオフを理解する前提として、モデルは「賃金の硬直性」——すなわち、市場の需給変化に対して賃金がどれだけ素早く調整されるか——を主要なパラメータとして組み込んでいる。企業が賃金を素早く引き下げられる前提(賃金が柔軟な場合)では、ナレッジワーカーの失業率は2.6%に抑えられる——ただしその代償として、賃金はAI非導入の世界と比べて42.2%低下する。逆に賃金が下がりにくい前提(賃金が硬直的な場合)では、失業率は**24%**に達する。
Anthropicが最後に示す問いは、テクノロジーの能力についてではない。AIが同僚になるのか代替になるのか、新しい仕事が消えた仕事の速さで生まれるのか、そしてAIが生み出す富が広く家計に届くのか、それとも技術を所有する側に集中するのか——その問いへの答えが、今後10年の最大の論点になると記事は結んでいる。