9月10日、TechSpotが「OpenAI claims 10,000 of its AI agents solved one of mathematics' hardest problems in 88 hours」と題した記事を公開した。OpenAIが1万体のAIエージェントを用いて数学の未解決難問「ナビエ=ストークス方程式の存在と滑らかさ問題」を88時間で解いたと主張したことについて、その詳細と数学界からの反応を伝えている。
数学界の最難問に、AIが挑んだ
ナビエ=ストークス方程式は、流体(水や空気など)の運動を記述する偏微分方程式だ。気象予報や航空力学など幅広い分野で使われている。
この方程式にまつわる未解決問題は、クレイ数学研究所が2000年に選定した「ミレニアム懸賞問題」の1つで、賞金は100万ドル。7問中これまでに解かれたのはポアンカレ予想のみだ。問われているのは、「三次元空間でこの方程式が常に滑らかな解を持つか、あるいは特定条件下で特異点(数学的モデルが破綻する点)が生じうるか」だ。
OpenAIの発表によれば、今回のAIシステムはそのような「破綻点が存在する」ことを示す証明を導き出した。これは物理的に水や空気が異常な振る舞いをするという話ではなく、あくまで数学的な系としての方程式の限界を示すものだ。
1万体のエージェントと「受粉」
注目すべきはアーキテクチャだ。単一モデルで問題を解かせたのではなく、最大1万体のAIエージェントを並列稼働させるマルチエージェント構成を取った。
各エージェントが異なる推論経路を試み、OpenAIの研究者が有望なアイデアをエージェント間で受け渡していったという。研究者のDan Robertsは、このプロセスを「異なるグループを飛び回り、情報を届けるマルハナバチの受粉」と表現した。
証明の記述には**Lean(形式証明言語・定理証明支援系)**を使用している。Leanはすべての論理ステップが定義されたルールに従っているかを機械的に検査できる処理系であり、数学の証明を形式的に記述・検証するためのツールとして近年注目されている。AIが生成した自然言語の推論は見た目は正しそうでも誤りを含むことがあるが、Leanを使うことで各ステップの妥当性を厳密に保証できる点が肝だ。
コストと再現性
計算コストは相当なものだ。1万体のエージェントを動かすプロセスは数百万ドル規模の計算資源を要したと推定される。OpenAIのリサーチサイエンティストNoam Brownも「非常に高コストなプロセスだ」と認めつつ、システムとインフラの改善によってコストは下がると述べた。
今回の証明はまだ社外の数学者によるレビュー段階にある。証明が正しいと確認されれば、AIが人類の知的難問に貢献できることを示す事例となる。
数学者からの懸念
ただし数学界からは単純な歓迎の声ばかりではない。
UCLA数学教授のTerence Tao(テレンス・タオ)は、AIが限られた人間の関与で重大な問題を次々と解くようになれば、数学という学問そのものが弱体化しかねないと警告している。ニューヨーク・タイムズ紙に対し「問題を解くために必要な努力は、多くの場合、非常に教育的だ」と述べた。
また本発表の時期についても注目すべき背景がある。ニューヨーク大学数学教授のTristan Buckmasterが、OpenAIの競合であるAnthropicに在籍する数学者と共同でナビエ=ストークス関連研究を進めていることを公表した直後に、OpenAIが今回の成果を発表した形となった。この競争的な文脈を踏まえてか、OpenAIはBuckmasterらの研究を「いかなる手段でも事前に見ていない」と明確に強調している。
なお今年1月にもOpenAIとHarmonicが「エルデシュ問題を解いた」と発表したが、一部の数学者から「過去の人間の研究に類似している」「真に新しいアプローチかどうか疑問だ」との指摘が上がっていた。今回のナビエ=ストークス問題はその比ではない難易度と知名度を持つだけに、証明の独自性と正確性への注目は一層高い。
詳細はOpenAI claims 10,000 of its AI agents solved one of mathematics' hardest problems in 88 hoursを参照していただきたい。