9月9日、Techstrong AIが「Anthropic Bails on $6 Billion Decart AI Acquisition Ahead of Planned IPO」と題した記事を公開した。Anthropicが約60億ドル規模のDecart AI買収計画をデューデリジェンス後に撤回した経緯と、その背景にある戦略的・規制的要因を詳しく報じている。
60億ドルの買収が破談——デューデリジェンス後の撤退
Anthropicが、AIインフラスタートアップDecart AIの買収計画を白紙に戻した。買収額は約60億ドルと報じられていたが、デューデリジェンス(買収前の詳細調査)を経て撤退を決断した。両社の代表者はいずれも公式コメントを拒否している。
破談後も、両社は商業的なパートナーシップの可能性は残しているとBloombergは報じている。
Decartとはどんな会社か——そしてAnthropicはなぜ関心を持ったか
Decartはイスラエル発のスタートアップで、チップ最適化ソフトウェアを専門とする。独自技術「Decart Optimization Stack(DOS)」により、NVIDIA・Amazon・Google製など異なるハードウェアプラットフォーム上でAIモデルをより効率的に動作させることができる。
2025年5月にはNVIDIA、Sequoia Capital、Benchmarkが出資した3億ドルの資金調達ラウンドを経て、企業評価額は約40億ドルに達した。また、「Oasis」「Lucy」といった高度なワールドモデルも開発しており、LucyはeBay・TikTok・YouTubeなどのeコマースやライブストリーミング向けにリアルタイム映像変換を実現する。
Anthropicにとって、DOSのような推論効率化技術は直接的な戦略的価値を持つ。自社モデルであるClaudeの運用コストを下げ、クラウドインフラへの依存度を軽減する手段になり得るからだ。買収への関心は、そうした「インフラ効率化」という切実な課題と表裏一体だった。
なぜAnthropicは撤退したのか
公式理由は明かされていないが、業界アナリストはいくつかの観点から分析している。
HyperFRAME ResearchのAIスタック担当プラクティスリーダー、Stephanie Walterは次のように述べている。
「デューデリジェンス後に撤退したということは、技術・経済性・チーム・適合性のいずれかが価格を正当化しなかったと考えるのが妥当だ。両社が引き続き協業の可能性を持っているという点が興味深い。Anthropicはテクノロジーに価値を認めつつも、会社ごと所有する必要はないと判断した可能性がある。」
また、The Futurum GroupのMitch Ashleyは構造的な問題を指摘する。
「この撤退は、フロンティアラボがコンピューティング効率を『買収』するのではなく『契約』することにいくらまで出すか、その上限を示している。シリコンと推論レイヤーにおける効率化は進みが速く、現時点の制約を将来の価格で固定することになりかねない。」
「買収より自前インフラ」——Anthropicの基本姿勢
Anthropicは元来、大規模なM&Aを避け、生のコンピューティングインフラへの直接投資を優先してきた。現在はIPOを視野に入れており、Lambda・Nscale・Fluidstack・SpaceXなどとのクラウドコンピューティングおよびデータセンター契約を矢継ぎ早に締結している。
今回の破談は、その方針と一貫している。巨額買収でソフトウェア技術を抱え込むより、大規模な計算基盤を自社で確保することを優先するという判断だ。上述のAshleyの指摘——「効率化技術の進歩が速い領域では、高値での買収が将来的な硬直性を生む」——は、その判断を補強するものでもある。
規制リスクという壁——安全保障審査と国防省との摩擦
買収失敗の背景には、規制面のリスクも存在する。Decartがイスラエル発のスタートアップであり、半導体インフラに関わる技術を持つことから、安全保障審査(CFIUSレビュー等)や外国投資審査(FDIレビュー)の対象となる可能性があった。こうした審査は買収プロセスの長期化・不確実性の増大につながるため、デューデリジェンス段階でのリスク評価に影響した可能性がある。
さらに、Anthropicは米国防省との関係でも摩擦を抱える。国防長官Pete Hegsethがクロードモデルを一部の国防契約から除外したことに対して、Anthropicは法廷で勝訴した。しかし国防次官補Emil Michaelはソーシャルメディア上で、Anthropicをサプライチェーンリスクとして指定した措置は今も有効だと明言している。こうした政府との緊張関係は、政府機関や防衛関連企業との取引に依存する潜在的買収先との統合リスクを高める要因ともなる。Decart買収がそうした懸念を直接的に抱えていたかどうかは明らかでないが、規制環境の不透明さがAnthropicの判断に影を落とした可能性は否定できない。
まとめ
Anthropicが60億ドルの買収を撤回した判断の裏には、技術的・経済的・規制的な複数の要因が絡み合っている。同社はDecartの技術に価値を認めながらも、会社ごと抱え込むことを選ばなかった。Walterが指摘するとおり、推論効率化の重要性そのものはAI業界全体で高まりつつある。しかし、そのための手段として「買収」が常に正解ではないことを、今回の件は示している。
詳細はAnthropic Bails on $6 Billion Decart AI Acquisition Ahead of Planned IPOを参照していただきたい。