9月8日、Scientific Americanが「OpenAI claims blockbuster math breakthrough amid swirl of controversy」と題した記事を公開した。OpenAIの内部モデルが数学界最大の未解決問題のひとつ「ナビエ-ストークス方程式」の証明に成功したという主張だが、発表の翌日には盗用疑惑が浮上し、数学コミュニティ全体を巻き込む騒動に発展している。
もしこの証明が正式に認められれば、クレイ数学研究所が100万ドルの懸賞金を設定した「ミレニアム問題」7問のうち初めてAIが解いた事例となる。しかし問題視されているのはAIの能力そのものではなく、「誰の手法を使ったのか」という点だ。証明の核心にある手法を開発していた数学者たちが「OpenAIは我々の進捗を把握した上で先回りして発表した」と主張しており、AIの知的誠実性そのものが問われる事態となっている。
ナビエ-ストークス方程式とは何か
ナビエ-ストークス方程式は、流体(液体・気体)の運動を記述する偏微分方程式で、気象予測から航空工学、海洋シミュレーションまで幅広く使われる物理の基礎方程式だ。しかし「解が常に滑らかに存在し続けるか、それとも有限時間内に破綻するか」という根本的な問いが170年以上未解決のまま残っている。
この問いはクレイ数学研究所が2000年に選定した「ミレニアム問題」7問のひとつに数えられ、各問題に100万ドルの懸賞金が設定されている。これまでに解かれたのは2003年にグリゴリー・ペレルマンが証明したポアンカレ予想のみで、今回が正式に認められればAIによる初のミレニアム問題解決となる。
OpenAIの主張:方程式は「爆発する」
OpenAIが発表した証明の結論は「ナビエ-ストークス方程式は稀なケースにおいてblow up(爆発)する」というものだ。「爆発」とは、方程式が有限時間内に流体の速度を無限大と計算してしまう状態を指す。現実の物理では起こりえないこの状態が数学的に存在することを示したわけで、「この方程式には根本的な破綻がある」と証明したことになる。
証明の正当性については、定理証明支援システムの**Lean**を用いて形式検証済みだとOpenAIは述べている。Leanはプログラムの型検査と同様に数学的証明をコンピュータが機械的に逐一確認するツールで、人間による見落としを排除できる点が強みだ。形式検証が完了しているという事実は、少なくとも証明のロジック自体に明らかな誤りがないことを示している。
証明のアプローチには「forcing(強制法)」と呼ばれる手法が使われた。もともとは集合論において「特定の性質を持つ数学的世界を強制的に構築する」ために使われる技法で、マドリード自治大学のDiego CórdobaとLuis Martínez-Zoroaがナビエ-ストークス問題に応用する形で発展させたものだ。この手法を流体力学の文脈に持ち込んだこと自体が、今回の証明において技術的に重要な点とされている。Córdoba本人は「もしそれが成し遂げられたなら、我々にとっては大きな驚きだ」とコメントしている。
盗用疑惑の経緯
OpenAIが発表した翌日、数学者のTristan Buckmaster(ニューヨーク大学)がSNSに投稿した。彼とLevent Alpöge(数学者であり、AI企業Anthropicの社員でもある)が、ナビエ-ストークスへの足がかりとなるオイラー方程式のblowup証明に独立して成功していたと明かしたのだ。
Buckmasterはさらに月曜日付けの声明で、「OpenAIは先週中に我々の進捗を把握し、同じ手法を使って先行してナビエ-ストークス問題を解こうとした」と主張した。
これに対しOpenAIの数学者Sebastien Bubeckは火曜日の説明会で正面から否定した。「我々は彼らのプロンプトもモデルも証明も使っていない」と述べた。ただし同時に、いくつかの事実も認めている:
- オイラー方程式の解決については、OpenAIの内部モデルがBuckmaster・Alpögeとはまったく異なる手法で独自に解いた
- ナビエ-ストークスの証明については、Buckmaster・Alpögeの手法と類似した方法を用いている
- 証明が完成したのは週末にかけてであり、それはBuckmasterが「OpenAIに情報が伝わった」と主張するタイミングとほぼ一致する
否定しつつも類似性と時系列の一致を認めるという、判断の難しい状況だ。
「AIの知的来歴」は追えない、という構造問題
シカゴ大学のLuis Silvestreは「昨日と今日はおかしな日々だ。コミュニティ全体でこの意味合いを議論している」と述べた。
今回の騒動が単なる先取り争い以上の問題を孕んでいるのは、AIの知的来歴を外部から追跡する手段がほぼ存在しないという構造的な問題を浮き彫りにしたからだ。大規模言語モデルが論文や非公開の会話から何を学習し、何を「独自に」導いたかを検証することは現状ほとんど不可能に近い。
人間の数学者であれば、アイデアの出所を証明ノートやメールの履歴で辿れる。しかしAIモデルのそれは、訓練データの構成もプロンプト履歴も企業の内部に閉じており、第三者には見えない。今回のようなケースが繰り返されれば、AIによる数学研究の貢献をどう帰属させるかという規範づくりが急務になる。
証明の真偽と手法の独立性については、数学コミュニティによる精査に時間がかかる見通しだ。Scientific Americanも本記事を速報として位置付けており、今後内容が更新される可能性がある。
詳細はOpenAI claims blockbuster math breakthrough amid swirl of controversyを参照していただきたい。