9月5日、The Next Webが「Japan says progress made on $550B pact, with AI and chips weighing heavily on the next round」と題した記事を公開した。日本の対米5500億ドル(約80兆円)投資協定において、次の第3弾ラウンドがAI・半導体に集中投下される見通しが明らかになった。注目すべきは金額そのものより「誰が使途を決めるか」という構造の違いだ。同様の枠組み合意を結んだEUが「何を買うかを約束した」形になっているのに対し、日本は「どこに投資するかを自ら選ぶ権限」を交渉で獲得している。
日本とEUで異なる「交渉の構造」
日本の赤澤亮正経済再生担当大臣は9月5日、ワシントンでの協議を経て、対米5500億ドル(約80兆円)投資協定の第3弾はAIと半導体に「非常に大きな比重」が置かれるとの見通しをブルームバーグに語った。
これまでに確定した2ラウンドの内訳は以下の通りだ。
- 第1弾:アメリカの石油・天然ガス・鉱物プロジェクトへ360億ドル
- 第2弾:テネシー州・アラバマ州の原子力プロジェクトおよびペンシルベニア州・テキサス州のガス発電所へ730億ドル
合計1090億ドルを1年以上かけて積み上げた段階で、AIや半導体への投資はまだゼロだ。この協定は昨年の関税合意(日本製品への関税率15%、自動車関税の引き下げ)の核心として機能しており、両国は9月5日、追加関税は課さないことを確認した。
この流れは日本の半導体政策の文脈とも連続している。TSMCの熊本工場(第1・第2製造棟)への数千億円規模の国費投入に象徴されるように、日本政府は近年、半導体サプライチェーンの国内再構築を安全保障上の優先課題として位置づけてきた。対米投資協定の第3弾がAI・半導体に照準を絞る背景には、こうした国内政策との整合性も見え隠れする。
「何を買うか選べる」日本、「何を買うか約束した」EU
この記事で最も読み解く価値があるのは、日本とEUの交渉構造の差だ。
日本は資金プールと、その使途を選ぶプロセスを交渉で獲得した。大臣が「次のトランシェ(分割分=段階的な資金拠出の一区切り)はAIと半導体に向ける」と公言できるのは、そういう仕組みを持っているからだ。
一方、EUが2025年8月に結んだ枠組み合意(「Turnberry合意」と通称される。スコットランドのターンベリーで交渉がまとまったことに由来し、関税上限は日本と同じ15%)の共同声明を読むと構造が違う。
- ヨーロッパ企業が2028年までにアメリカの戦略的セクターへ追加で6000億ドルを投資する見込み(民間企業の予測であり、EU当局が案件を選ぶ仕組みではない)
- EUは自国のコンピューティングセンター向けに少なくとも400億ドル相当のアメリカ製AIチップを購入する意向(2028年まで)
- アメリカのエネルギーを2028年までに7500億ドル調達
つまり日本は「どこに投資するかを決める権限」を持ち、EUは「何を買うかを約束した」形だ。Turnberry合意はEU内でも賛否があり、EUの域内産業保護の観点から批判的な声も出ているが、欧州議会は可決している。The Next Webは当時「tech fight(技術覇権をめぐる争い)はまだ始まったばかりだ」と報じていた。
EUのAIギガファクトリー計画との接続
EUはNvidiaやAMD、Qualcomm(いずれも米国企業)のチップを搭載するAIギガファクトリーを最大7か所建設する入札を開始している。各サイトに少なくとも10万枚の高性能AIチップを収容することが要件で、総額は約300億ユーロ、うち公的資金は約100億ユーロ。ただし、ブリュッセルが実際にコミットしている予算は約10億ユーロ程度にとどまる。
このギガファクトリー計画は、Turnberry合意における「400億ドル相当の米国製AIチップ購入」と接続している。EUとしては自域内にAIインフラを整備しつつ、米国製チップへの依存を合意の形で制度化するという、やや複雑な立場に置かれている。
日本エンジニア・ビジネスパーソンへの含意
AI・半導体分野への大型公的資金の流れは、国内のデータセンター投資や半導体サプライチェーンの再編に直結しうる。日本が第3弾の交渉先をAIとチップに絞っていることは、具体的にはデータセンター向けの電力・冷却インフラ、AIアクセラレータの設計・製造・実装に関わるサプライチェーン全般に波及する可能性がある。また、ソフトウェア面でも大規模モデルの学習・推論基盤の国内整備が加速するシナリオは現実味を帯びており、クラウドサービス事業者やMLOpsを手がける企業にとっても動向を注視すべき局面だ。
※編集部の考察:どの日本企業が直接の恩恵を受けるかは現時点で元記事に具体的な記載がなく不明だが、半導体製造装置・素材分野(東京エレクトロンや信越化学など)および国内データセンター事業者が間接的な追い風を受けやすいセクターとして注目される。
詳細はJapan says progress made on $550B pact, with AI and chips weighing heavily on the next roundを参照していただきたい。