9月5日、Runtime Wireが「Rootly's Sylvain Kalache warns AI could dull on-call skills」と題した記事を公開した。AIによるインシデント対応の自動化が進むほど、人間は「簡単な障害」を経験する機会を失い、稀で深刻な障害への対処能力が静かに劣化していく——RootlyのSylvain Kalacheはそう警告する。自動化ツールを売る側の幹部が自ら「自動化の副作用」を訴えるこの逆説は、業界が直視すべき問いを突きつけている。
AIが片付ける「簡単な障害」こそがエンジニアの訓練場だった
インシデント対応AIが普及し、深夜の軽微な障害をエージェントが自律的に解決するようになった。MTTR(平均復旧時間)は改善され、エンジニアは睡眠を守れる。一見、誰も損をしないように見える。
だが、RootlyのAI Labs責任者であるSylvain Kalacheは2026年9月のエッセイで、その裏に潜むリスクを指摘した。ルーティンの障害対応こそが、エンジニアが本番システムの挙動を体で学ぶ場であった。AIがそれを肩代わりすることで、人間は「テレメトリを読み、仮説を立て、どの依存関係が連鎖して壊れるかを学ぶ」機会を失っていく。
Kalacheはこのギャップを「comprehension debt(理解の負債)」と呼ぶ。本番システムの実際の動作と、それを担うエンジニアの理解との乖離だ。エージェントが手に負えない、珍しくて深刻な障害が発生したとき、対応する人間は経験が少なく、かつより難しい問題に直面することになる。
この構図はまったく新しい議論ではない。人間工学研究者のLisanne Bainbridgeが1983年の論文「Ironies of Automation」で指摘した「自動化のパラドックス」と同じだ。自動化はオペレーターを異常事態の対応者として残しながら、その能力を培うルーティン業務への関与を減らす。Bainbridgeは「自動化された環境の操作者ほど、より深いスキルと継続的な実地訓練が必要だ」と結論づけている。
警告の出所がRootly幹部というのは重要だ
この指摘が興味深いのは、発言者がRootlyの幹部という点である。RootlyはAI SREツールを販売している会社であり、顧客が自動化を進めるほど事業としては有利になる。その会社の幹部が「同じ顧客は自動化によって失われる経験を意図的に補う手段を必要とする」と主張しているわけだ。
Kalacheにはこの問題に対する独自の視点がある。LinkedInで2012年に自律復旧インフラのプロトタイプを構築した後、彼はプロジェクト型・ピアラーニング型の教育を採用したHolberton Schoolを共同創業した。Dropboxから「Holberton卒業生にはトラブルシューティング経験が乏しい」と指摘されたことを受け、意図的に壊れたインフラをカリキュラムに組み込んだという。「見ているだけでは、不完全な情報の中で判断を迫られる本番の圧力は再現できない」という確信は、この経験に由来する。
Rootlyが出した答え:インシデントシミュレーション
Kalacheは「エンジニアを眠れなくして経験を維持せよ」という主張はしていない。代わりに提案するのが模擬訓練による補完だ。
Rootlyはインシデントシミュレーション会社のUptime Labsと提携し、リアルなシミュレーション訓練を提供している。エンジニアはECサイトの模擬障害でインシデントコマンダー役を担い、オブザーバビリティツールを使いながら、Slack上でLLMが演じる経営幹部・カスタマーサポート担当者などと連携する。
実際の障害対応に近いコミュニケーション・エスカレーション・調整の判断を、本番を止めることなく繰り返し練習できる。ゲームデイやカオスエンジニアリングといった既存の訓練手法を、「模擬的な人間」も含めてパッケージ化したものと言える。
このプログラムはRootly Academyとして既存顧客向けに提供されており、アクセスはアカウントチームを通じて案内される。
残る問い:ドリルは本番の代わりになるか
Kalacheの主張の核心は一言で言えばこうだ。ページ数(アラート件数)が減ることは、エンジニアがエージェントの限界で何をすべきか理解していることを証明しない。その乖離こそが「理解の負債」であり、シミュレーション訓練はその返済手段として位置づけられている。
この仮説を検証する指標は「複雑なインシデントの解決時間」であり、かつそれをチームがエージェントに委任したルーティン業務量で分解する必要がある。平均MTTRの改善は、よくある障害での大幅な短縮と、稀で深刻な障害での悪化が混在していても、数字の上では問題なく見えてしまう。
RootlyとUptime Labsは、シミュレーションが実際のスキル損失を相殺することを示す独立したデータをまだ発表していない。ドリルでの成績が、曖昧な実際のインシデントでの対応力を予測するかどうか、これが証明すべき最も難しい問いである。
市場では競合も動いている。9月2日にはTraversalがIncident Workersを一般提供開始し、Incident.ioもAI調査ツールを展開している。AIがより多くのインシデント業務を引き受ける方向性は業界全体の流れだ。その中でRootlyは自動化とトレーニングの両方を提供するポジションを取ることになる。
詳細はRootly's Sylvain Kalache warns AI could dull on-call skillsを参照していただきたい。