8月31日、IEEE Spectrumが「How Europe's AI Ambitions Collide With Its Fragile Chip Supply Chain」と題した記事を公開した。EUは「AI大陸」構想のもとで計算インフラの大規模拡張を推進しているが、そのGPUのほぼすべてを単一の米国サプライヤー——Nvidiaに依存するという逆説が、戦略の根幹を揺るがしている。インフラは物理的に欧州の土地に建つが、技術的な主権は欧州の外にある、という構造矛盾だ。
EUのAI野心と半導体自給率の落差
EUは現在、AI推進を国家戦略の中核に据えている。AI Continentアクションプランのもと、19のAIファクトリー(AIモデル・アプリ実行に特化した計算施設)、最大7つのAIギガファクトリー、そして5〜7年以内にデータセンター容量を少なくとも3倍にする計画が走っている。AI Continentアクションプランは2025年4月に欧州委員会が発表した包括的なAI競争力強化策で、計算資源の確保・データへのアクセス改善・AI人材育成を三本柱とする。
問題は、その計算基盤を支える半導体だ。EUが生産する半導体は世界全体の10%未満。高度なプロセッサの設計は米国企業が、製造は台湾・韓国を中心とするアジアが担っており、欧州は大部分を外部に依存している。
「Nvidia依存トラップ」という構造問題
欧州政策研究センター(CEPS)の試算によれば、AIファクトリー1拠点あたり最大2万5,000枚の高性能チップが必要で、ギガファクトリーでは10万枚以上が必要になる。
そのほぼすべてがNvidia製GPUになる見込みだ。NvidiaはEU向けGPUの大部分を供給しており、独自のソフトウェアプラットフォームCUDAはAIソフトウェアエコシステムの事実上の基盤になっている。CEPSはこれを「Nvidia依存トラップ」と呼ぶ——インフラは物理的に欧州に存在しても、技術的には単一の米国サプライヤーに縛られるという状況だ。
ここに米国の輸出規制という外部リスクも重なる。米国商務省の輸出管理規則(EAR)はNvidiaの先端GPU輸出を規制対象とする権限を持ち、対中規制が強化されるたびにEU域内調達にも潜在的な不確実性が生じる。EUがNvidiaへの依存を深めるほど、米国の政策変更や米中対立の激化が欧州のAIインフラ整備に直接波及するリスクが高まる構図だ。
実際の事例がその深刻さを示している。
- Mistral:パリ近郊のデータセンターにNvidia GPU 1万3,800枚を導入予定
- Deutsche Telekomのミュンヘン産業AIクラウド:Nvidia Blackwell GPU 約1万枚で構築中
- Nscale(Microsoftとの連携):ポルトガルのSines拠点でNvidia Blackwell Ultra GPUを2027年までに6万6,000枚超に拡大予定
チップサプライチェーンのどこを欧州は握っていないか
IE大学のToni Roldán-Monés助教授(公共政策)はこう整理する。
「米国はチップ設計・知的財産・一部の最先端製造装置において支配的な地位を持つ。製造で最先端を担うのは台湾と韓国で、中国は素材・製造プロセス・鉱物資源で重要な役割を果たす。欧州は米国にもアジアにも、バリューチェーンの異なる段階で依存している。」
数字も厳しい。台湾は世界の最先端チップの約90%を生産。パッケージング・組み立て・テストの分野では、EUの市場シェアはわずか4%。SEMI Europe代表のLaith Altimimeによれば、「EUに本社を置く上位20社の組み立て・テスト・パッケージング企業は1社も存在しない」。
一方で欧州の強みもある。オランダのASMLは極端紫外線(EUV)露光装置で世界市場を独占しており、ベルギーのImecは世界有数の半導体研究機関だ。ただしRoldán助教授はこう釘を刺す——それらの強みは「半導体バリューチェーン全体での自律性には直結しない」。
Chips Act 2.0が目指す「自給」ではなく「耐性」
2023年に成立した欧州チップス法(Chips Act)は、2030年までにEUの世界シェアを**20%に引き上げる目標を掲げていた。半導体の設計・製造・パッケージングにわたる域内投資を公的支援で誘発し、地政学的リスクへの耐性を高めることを狙いとした法律だ。だが欧州会計監査院はその達成を困難と警告しており、欧州委員会自身の推計でも到達点は約11.7%**にとどまる見込みだ。
次の一手となるChips Act 2.0は、初代法の弱点——供給拡大に注力するあまり需要喚起を軽視した点——を修正しようとしている。公共調達ツール、需要アクセラレーター、半導体メーカーと産業ユーザーの連携強化といった需要側の施策を盛り込む方向だ。
ただし専門家の間では、完全な自給自足を目指すべきではないという認識が共有されている。Altimimeは「一国だけでサプライチェーンを再構築することは不可能。グローバルな協調が不可欠だ」と述べる。SEMIの予測では、2028年時点でも欧州・中東・アフリカ地域が需要するノンメモリ半導体の**約68%**しか域内で製造できないとされる。
Balanced Economy ProjectのClaire Godfrey執行ディレクターはより鋭い問題提起をする。
「欧州企業はNvidiaのハードウェア、CUDA、クラウドインフラ、そしてそれに付随するソフトウェア選択の上に構築している。これはアジアの製造・素材の問題に加えて、米国管理下のAI・クラウドインフラへの依存という第二の問題を生んでいる。Chips Act 2.0がその両方に対処しなければ、問題の大部分を見逃すことになる。」
Roldán助教授はChips Act 2.0の評価軸をこう示す——「アジアの製造依存を米国テクノロジー企業への依存に置き換えるだけでなく、供給元を多様化できているかどうかだ」。EUの問いは「自給できるか」ではなく、「どこへの依存なら許容できるか」に移っている。
詳細はHow Europe's AI Ambitions Collide With Its Fragile Chip Supply Chainを参照していただきたい。