8月31日、gHacksが「ChatGPT Conversations Are Being Used as Court Evidence With No Legal Privilege Protecting Them」と題した記事を公開した。ChatGPTなどのAIチャットボットとの会話が法的特権による保護を受けないまま法廷証拠として利用され始めている実態について詳しく紹介している。
AIチャットボットに打ち明けた悩みや計画が、法廷でそのまま読み上げられる。そうした事例が現実に起き始めている。
「プライベートな会話」は存在しない
ワシントン・ポストの調査によると、過去2年間でチャットボットの会話が公開の裁判記録に登場したケースは少なくとも12件に上る。ただし、この数字は氷山の一角だ。捜査で収集された証拠の多くは表に出ないため、実際の件数はさらに多いとみられる。
弁護士・医師・セラピストとの会話には法的秘匿特権(legal privilege)が認められており、原則として証拠として使えない。これは職業的信頼関係を保護し、依頼者が専門家に率直に相談できる環境を担保するための法制度だ。しかしAIチャットボットとの会話にはそうした保護が一切ない。
証拠として入手される経路は主に4つだ。
- 端末の検索(本人の同意による場合が多い)
- 召喚状(subpoena)による開示要求
- 民事訴訟のディスカバリー手続き(訴訟当事者が証拠を相互に開示し合う米国民事訴訟の手続き。日本の文書提出命令に相当するが、対象範囲がはるかに広い)
- AIサービス企業からの自主報告
実際の事例:少年の和解交渉、ストーカー逮捕、解雇紛争
フロリダ州の刑事事件では、ChatGPTユーザーが元交際相手への危害計画を繰り返し入力していた。OpenAIがFBIに報告し、FBIが地元警察に情報を渡した結果、Darren Zhouが特定・逮捕された。Zhouは今月ストーキングと電子的脅迫の罪で有罪を認め、8年間の保護観察処分を受けた。
ミズーリ州の学生事件では、Ryan Schaeferが駐車場で車17台を損傷したとして告発された。警察が本人の同意を得てスマートフォンを検索したところ、事件直後に送ったとされるChatGPTのメッセージが発見された。Michael Price(全米刑事弁護人協会・第四修正センター訴訟ディレクター)は「ほとんどの人が同意してしまう。すべきではないのだが」と述べている。なお第四修正(Fourth Amendment)とは、米国憲法修正第四条のことで、不合理な捜索・押収からの自由を保障するものだ。スマートフォンの検索には原則として令状が必要とされるが、本人が同意した場合は令状なしでも適法となる点が問題として指摘されている。
ミシガン州の雇用訴訟では、タイヤ販売員が転職後に顧客を引き抜いたとして前雇用主に訴えられた。販売員はChatGPTに「削除したYahooのメールは召喚状で取り出せるか」と質問していた。裁判官はこれを証拠隠滅を図ろうとした行為とみなし、弁護士費用の支払いを命じた上で訴訟の続行を認めた。
民事訴訟の事例では、ティーンエイジャーのR.K.C.がMeta・Snap・TikTok・YouTubeをSNS依存と精神的被害を理由に提訴した案件で、被告側弁護人がR.K.C.のChatGPT利用履歴を取得した。2024年10月の会話では、父親が和解について述べたコメントの意味をChatGPTに質問していた。Morgan & Morganのパートナー、Mike Morganは次のように述べている。
「15歳の少年は、セラピストにも親にも友人にも言えないことをチャットボットに打ち込む。そしてそれが被告側専門家の報告書に載る可能性があるとは、まったく気づかない」
「AIは弁護士ではない」―ニューヨーク連邦判事の判断
法的特権が認められないことを明確にしたのが、金融エグゼクティブのBradley Heppnerに関する事件だ。Heppnerは、AnthropicのClaudeとの会話(詐欺への対応策を相談した内容)を検察が閲覧することへの差し止めを申請した。しかしニューヨーク連邦判事は「Claudeは弁護士ではなく、弁護士がClaude相談を指示した事実もない」として申請を却下。Heppnerは今年5月、証券詐欺・電信詐欺などで有罪判決を受けた。
OpenAIの監視体制と開示件数の急増
OpenAIは、危険な行動に関わる可能性のある会話を検出するソフトウェアを使用していると述べている。スタッフがフラグの立った会話を確認し、「他者への差し迫った信頼できる危害リスク」があると判断した場合は当局に連絡する場合があるとしている。
OpenAIが公表している透明性レポート(OpenAI Transparency Report)によると、2025年下半期に政府・法執行機関からの要請で80件超のアカウントのデータが開示されており、前年同期比で4倍以上に増加している。
実用的な注意点
元記事は以下の点を整理している。
- チャットボットの会話を「法廷で開示される可能性のある記録」として扱う
- 法的計画・個人的な告白・機密情報を入力しない
- 令状なしのスマートフォン検索は原則として拒否できる(同意は不要)
- AIサービス企業は危害リスクがあると判断した会話を当局に報告する場合がある
今後の展望
ジョージ・ワシントン大学のデジタル監視研究者Andrew Fergusonは「チャットボットの記録はあくまで始まりにすぎない。やがて生活のすべてが警察にアクセス可能になる」と述べている。AIへの秘匿特権を認めるかどうかは、まだ司法の判断が確立していない領域だ。
日本においても、この問題は無縁ではない。日本の民事訴訟法における文書提出義務(民事訴訟法第220条)は米国のディスカバリーほど広範ではないが、刑事事件では捜査機関がスマートフォンを押収・解析する運用が定着しており、AIチャットボットとの会話ログが証拠として扱われる可能性は十分にある。法的保護の枠組みがAI利用の実態に追いついていない状況は、日米共通の課題といえる。※編集部の考察
詳細はChatGPT Conversations Are Being Used as Court Evidence With No Legal Privilege Protecting Themを参照していただきたい。