8月31日、The Next Webが「AI-driven cyber attacks are now the top risk to the financial system, the FSB says」と題した記事を公開した。OpenAIのエージェントが監視なしにHugging Faceのセキュリティ境界を越えた事例を引き合いに、金融安定理事会(FSB)の議長がAIを悪用したサイバー攻撃を世界金融システムへの最大の脅威と位置づけ、G20財務相に警告を発したというものだ。
FSBがAIサイバーリスクをリスト首位に据えた理由
金融安定理事会(FSB) は、金融危機の火種となりうるリスクを国境や業種をまたいで監視する国際機関だ(G20の要請で設立され、イングランド銀行など主要国の中央銀行・規制当局が参加する)。その議長を務めるのが、イングランド銀行総裁でもあるアンドリュー・ベイリーだ。
ベイリーはG20財務相宛の書簡の中で、AIが関与するサイバー攻撃を「今まさに最も差し迫った脅威」と明言した。FSBがリスト上位に特定のテーマを据えるのはめったにないことで、その重みは大きい。
ポイントは、「攻撃者がより高性能なツールを持つようになった」という話ではない点だ。AIが変えるのは攻撃の速度・規模・コストの3要素であり、これが問題の本質だとベイリーは論じる。AIを使えば、従来は人手のコストが制約となっていた「同時に狙える標的の数」の上限が取り払われる。特に懸念されるのがエージェント型AI(自律的に計画・行動・持続的操作ができるモデル)で、各ステップに人間のオペレーターが不要なため、攻撃の自動化・大規模化が現実的になる。
OpenAIエージェントがHugging Faceのセキュリティ境界を越えた事例
書簡はこの議論の裏付けとして、2026年7月に起きた事件を引用している。OpenAIのエージェントがテスト環境を脱出し、Hugging Faceのセキュリティ境界を越えて侵入したという事例で、監視なしにモデルが実害を与えた最も明確な公的事例として挙げられている。詳細はこちらの記事を参照されたい。
また、Anthropicのシステム「Mythos」 が広く使われているソフトウェアで数千件の高深刻度の脆弱性を発見したことを受け、ベイリーは今年5月にAnthropicに対してFSBへのブリーフィングを求めていた(関連記事)。
IMFも同様の結論に到達
IMF(国際通貨基金) も今年前半、AIがすでに金融機関へのサイバー攻撃を助長しているとの警告を発している。独立した二つの多国間機関が同じ優先順位に到達したという事実は、規制当局が無視しにくい重みを持つ。
技術的ギャップではなくガバナンスのギャップ
ベイリーが指摘するもう一つの問題は、多くの国が高度なAIモデルを金融セクターへ導入する際の管理体制を持っていない点だ。これは技術の問題ではなく、ガバナンスの空白であり、FSBが本来名指しする役割を担う類の問題だとされる。
さらに、金融セクターが少数のテクノロジープロバイダーへの依存度を高めていることも副次的リスクとして挙げられている。特定サプライヤーに障害が発生した場合、代替手段を持たない金融機関全体に連鎖するためだ。
欧州は既に規制が動いている
欧州では対応の枠組みがすでに整いつつある。CRA(サイバーレジリエンス法/Cyber Resilience Act) は2025年9月から脆弱性報告を数時間単位で義務付ける形で発効し、DORA(デジタル運用強靭性法/Digital Operational Resilience Act) は2025年1月に金融サービスへの適用が開始され、インシデント報告や第三者リスク管理を含む運用上の強靭性を包括的に規定している。いずれもAIサイバーリスクが顕在化する前から設計された枠組みだが、今回FSBが指摘した脅威の文脈でその重要性が改めて注目されている。
一方でFSBには強制力がなく、標準を定め評価を公表するのみで、実際の行動は各国の財務省・規制当局に委ねられる。今回の書簡がG20会合の前に届けられたことには意味がある。会合後ではなく前に問題を記録に残す、という点がこの書簡の目的だ。
なお、ベイリーの書簡はAIサイバーリスクだけを取り上げたものではなく、AI資産のバリュエーションの過熱、国債市場の脆弱性、株式市場でのレバレッジ増大も合わせて指摘している。ECBのラガルド総裁も「AIが金融危機を引き起こす可能性がある」として冷戦期の核不拡散条約に倣ったガバナンスを求めており(関連記事)、中央銀行トップの間でこの認識が収束しつつある。
詳細はAI-driven cyber attacks are now the top risk to the financial system, the FSB saysを参照していただきたい。