9月1日、The Decoderが「Bank of England chief warns that inflated AI valuations and rising leverage could trigger the next financial crisis」と題した記事を公開した。イングランド銀行総裁アンドリュー・ベイリーがG20財務大臣宛の書簡で、AIの過大評価と高レバレッジの組み合わせが次の金融危機の引き金になりうると明示的に警告した——中央銀行トップが公式文書でAIバブルリスクに名指しで言及した点で、注目に値する。
イングランド銀行総裁がG20に警告状
イングランド銀行総裁であり、金融安定理事会(FSB)議長でもあるアンドリュー・ベイリーが、G20財務大臣宛の書簡の中でグローバル金融システムへのリスクを列挙した。FSBはG20各国の金融規制を調整する国際機関だ。書簡の中でAIは特に重点的に取り上げられている。
ベイリーは、中東紛争によるショックは金融システムが吸収したものの、エネルギー価格の変動、金利上昇、リスク資産の高いバリュエーションが続いており、状況は依然として綱渡りだと指摘する。
「レバレッジ+AI高騰バリュエーション」の組み合わせが危うい
ベイリーが最も問題視するのは、AIへの投資がレバレッジ(借入)を使った投機マネーで膨らんでいる点だ。
具体的には以下の構造を挙げている。
- レバレッジETF(指数の2〜3倍の値動きを目指す上場投資信託)やトレンドフォロー戦略(価格モメンタムに追随するアルゴリズム取引手法)に個人・機関投資家が流入
- ヘッジファンドが株式と国債の両方でポジションを保有
- AI企業とハイパースケーラー(Microsoft・Google・Amazonなど超大規模クラウドインフラを運営する大手テクノロジー企業)の間に広がるクロス投資の網
この構造のもとでは、ある市場の混乱が別の市場に波及しやすい。加えて、AI銘柄への市場集中が進んでいるため、主要なAI企業が一社でも躓けば、他のテック大手を道連れにし、最終的には市場全体に波及しうるとベイリーは警告する。
「過去に何度も見てきたように、レバレッジの拡大は金融サイクルの成熟期に起きる現象だ。上昇相場を強化する一方で、センチメントが変わった際には下落を加速させる。直近の数週間がそれを示している」
この「直近の数週間」という表現は、書簡が公開された2025年8月末の時点を指す。同時期には米国の景気後退懸念を背景にナスダック総合指数が急落し、特にNvidiaをはじめとするAI関連銘柄が大幅に売られた局面が続いていた。レバレッジを効かせたポジションがその下落を増幅させたことが、ベイリーの念頭にあると見られる。
この指摘は、NYU財務学教授のアスワス・ダモダランが別途行った警告とも重なる。ダモダランはAIバブル崩壊はドットコムバブル崩壊より深刻になりうると指摘している。AIはドットコム時代と異なり、物理的なインフラ(データセンター、GPU)への巨額支出を必要とし、その多くが借入で賄われているため、株主だけでなく経済全体に波及しうるという論点だ。
フロンティアAIがサイバー攻撃の経済学を変える
ベイリーの二つ目の懸念はフロンティアAI(最先端の大規模AIモデル)によるサイバーリスクだ。
フロンティアAIは自律的な能力を持ちつつあり、同時にサイバー攻撃の「速度・規模・コスト構造」を根本的に変えうるとベイリーは書く。攻撃がより安く、速く、頻繁になれば、金融システムへの信頼そのものが揺らぐ。
さらに問題を複雑にするのが、世界中の銀行が少数の大手テクノロジープロバイダーに依存している構造だ。一社への攻撃が複数国の金融機関を同時に直撃しうる。国ごとのサイバー防御能力の格差も、それ自体が脆弱性になりうるとベイリーは指摘する。
フロンティアAIは防御にも活用できるが、ベイリーは技術の進歩に備えが追いついていないと論じる。特に深刻なのは、多くの国が先進AIモデルの開発・公開・展開に関するルールを持っていない点だ。安全なAIモデル公開に向けたグローバルな取り組みは「優先課題であるべきだ」と書簡には明記されている。FSBは現在、金融機関がフロンティアモデルをサイバー防御に安全活用する方法を研究中だ。
規制の空白が世界的リスクに
ベイリーの書簡が示す本質的な問題は、AIをめぐる金融リスクと規制の空白が同時進行している点だ。高いバリュエーション、レバレッジ、市場集中、サイバーリスク——それぞれ単独でも問題だが、組み合わさったときの連鎖反応を誰も制御できていない状況が続いている。
さらに踏み込むと、規制の空白は「国ごとのルール不在」にとどまらない。FSBのような国際調整機関が存在しても、各国の規制当局が実際に動く速度はAIの普及速度に追いついていない。AIモデルの開発・公開サイクルは数カ月単位で加速しているのに対し、国際的な金融規制の合意形成には通常、数年単位の交渉を要する。この時間軸のズレ自体が、ベイリーが書簡でG20に直接訴えかけた理由だと言える。G20という場を通じて政治レベルの優先課題として位置づけなければ、金融監督当局だけでは動けない——そうした切迫感が書簡全体に通底している。
詳細はBank of England chief warns that inflated AI valuations and rising leverage could trigger the next financial crisisを参照していただきたい。