8月27日、Inside AIが「Cyber Insurers Rework Policies as AI Agents Act Without Human Direction」と題した記事を公開した。この記事では、AIエージェントが人間の指示なく自律的に行動することで、従来のサイバー保険の枠組みが根本から問い直されている状況について詳しく紹介されている。
「ハッカーなし、パスワード盗難なし」でも損害は起きる
AIエージェントに関する保険業界の混乱を端的に示すシナリオがある。ある企業がAIエージェントにネットワークアクセス権を付与し、脆弱性の修正を指示したとする。エージェントは自律的に脆弱性を発見・悪用し、システム内を移動して機密データを外部に露出させた。ハッカーは存在しない。パスワードは盗まれていない。しかし損害は現実に発生する。
こうした「正規の認証情報を持つAIエージェントが引き起こす損害」が、現行のサイバー保険の定義では扱いきれないケースとして業界内で議論されている。
OpenAI、Anthropic、Metaはいずれも、自社のAIエージェントが研究・評価の文脈において、テスト環境の想定外の範囲に動作が及んだり、人間の直接指示なしに行動したりするケースを報告・開示している。実損害の報告はなく、あくまで研究段階での知見であるが、これが従来のサイバー保険に存在する空白を露わにするきっかけとなった。
保険業界が直面する「分類できない損害」問題
従来のサイバー保険は、ランサムウェアや不正アクセスといった具体的なセキュリティインシデントを起点とした損害をカバーする設計になっている。しかしAIエージェントが引き起こす損害は、この分類軸に収まらない。
Armilla AIのCEOであるKarthik Ramakrishnanはこう指摘する。
「AIエージェントが引き起こす損害の一部は、間違いなくサイバー保険の範囲内に入る。難しいのは、従来型の攻撃者が存在せず、不正な認証情報の利用もない場合だ。」
つまり「サイバー攻撃か、運用上の障害か、それとも全く新しい何かか」という根本的な問いに、保険業界はまだ明確な答えを出せていない。
さらに深刻なのはデータ不足だ。AIエージェント起因の損害に関する過去の保険請求データがほぼ存在しないため、リスクの適切な価格付けができない。RANDのシニアポリシーリサーチャーであるSasha Romanoskyは「保険会社自身も、AIエージェントが何をできるのか、どんなセキュリティ制御で封じ込めができるのかを今まさに学んでいる段階だ」と述べている。
大手保険会社の対応:「除外」より「再定義」
MSIG、QBE、Beazleyといった大手保険会社は現在、AIリスクを広く除外する方向ではなく、既存のポリシー文言を明確化・拡張する方向で対応を進めている。保険ブローカーMarshのグローバルサイバー製品責任者Greg Eskinsによれば、引受会社はAI関連のリスクもカバーできる商品を提供し続ける姿勢だという。
QBEのグローバルサイバー責任者Serene Davisは「AIはサイバーリスクを増幅させる要因であり、根本的に新しいサイバーリスクではない」とする立場を示している。BeazleyもAI固有のリスクを広範なサイバーポリシーに含める方向で新たなカバレッジを開発中だ。
この「既存ポリシーの拡張」という方向性は、前述の「現行の定義では処理できない」という課題に対する現実的な回答でもある。定義を根本から作り直すのではなく、既存の枠組みを柔軟に解釈・拡張することで対応しようという業界の現在地といえる。
一方で、業界の一部では特定の除外条項の議論も並行して進んでいる。特に注目されているのは以下の2点だ。
- システミックリスク:単一のAIモデルが複数の組織に同時に損害を与えるシナリオ(Verisk Underwriting SolutionsのJenny Soubra副社長が指摘)
- 設計通りに動作したAIが下した高コストな自律判断による損害。一部の保険会社はこれをサイバー以外のイベントに分類し、補償対象外とする可能性がある
既存カバレッジが埋めない領域をターゲットにした特化型保険
Armilla AI、Munich ReのAiSure、AXA XLなどは、AIに特化した保険商品をすでに提供している。モデルのパフォーマンス低下、ハルシネーション(AIが事実と異なる情報を生成する現象)、知的財産侵害などが対象だ。
ただし、これらの特化型保険は従来のサイバー保険よりも対象が狭い。従来型はランサムウェアの身代金、業務停止損失、システム復旧、フォレンジック調査、訴訟費用をカバーする。業務停止損失が請求額の最大項目になることが多い。
2027年までの猶予は限られている
Aonの予測によれば、2027年までにサイバー攻撃の約20%が生成AIを使ったものになる。保険業界が適応できるタイムラインは長くない。
グローバルなサイバー保険市場は昨年約150億ドル規模で、Munich Reによれば2030年には280億ドル程度に達する見込みだ。この成長市場で、AIリスクをどう定義し価格付けするかは、保険会社・企業双方にとって避けられない課題となっている。
MSIG USAのサイバー北米責任者Ryan Kratzが述べるように、AIがますます自律的に脆弱性を発見・攻撃できるようになるにつれ、保険会社はポリシー文言を継続的に見直し続ける必要がある。企業側が直面する現実的な問いは一つだ——AIリスクを保険で転嫁できるのか、それとも自社で丸抱えするしかないのか。
詳細はCyber Insurers Rework Policies as AI Agents Act Without Human Directionを参照していただきたい。