8月25日、PYMNTSが「Goldman Sachs Safeguards Apprenticeship Culture in AI Era」と題した記事を公開した。この記事では、ゴールドマン・サックスがAIツールの普及によって失われかねない「徒弟文化」と暗黙知をどう守るかという組織的課題について詳しく紹介されている。
暗黙知の継承が断ち切られるリスク
ゴールドマン・サックスの機関投資家向けデジタルプラットフォーム「Marquee」(トレーダーや機関投資家向けにマーケットデータ・分析・取引機能を提供するポータル)を統括するChris Churchmanは、同社のポッドキャスト「Exchanges」(同社の知見を発信する公式音声コンテンツ)でAI依存の危険性を率直に語った。
「AIの時代に、私たちが自分の思考をモデルに丸投げし、ファーストプリンシプル(第一原理)から自力で考える能力が衰退してしまう——ここに大きな危険がある」
Churchmanが特に懸念するのは、ジュニアトレーダーの育成機会の消失だ。従来の金融業界では、シニアトレーダーが長年の経験で培った「暗黙知・直感的な知識」を、若手が日々の業務を通じて肌で学ぶ徒弟制度が機能してきた。しかしAIが判断や分析を代替することで、ジュニアトレーダーが受動的なオペレーターに成り下がり、「認知的萎縮(cognitive atrophy)」が組織全体に広がるリスクがある。
AIの導入は短期的には収益を高めるが、長期的には組織の知識再生産の仕組みそのものを壊しかねない——これがChurchmanの問題提起だ。ゴールドマン・サックスはシステムのAI移行を進めながら、この問題にどう対処するかを現在も模索中だという。
エントリーレベルへの打撃は特に大きい
この問題は、徒弟文化の話だけにとどまらない。ゴールドマン・サックスが8月19日に発表したリサーチ(一次資料は同社のリサーチポータルで公開されているが、直接リンクは記事執筆時点では未提供)によれば、AIによる雇用代替はエントリーレベルの従業員に特に強く影響するとされている。
コールセンター、ソフトウェアパブリッシング、広告サービス、経営コンサルティングといったAI露出度の高い業種では、2022年後半以降の求人成長が鈍化している。
また同社は、生成AIが今後10年で米国の雇用の9%超を代替する可能性を試算する一方、長期的には年間2,500万〜3,500万件が創出される新規雇用に加えてAI起因の新職種も生まれ、失業率への最大影響は1%未満にとどまるとも見ている。
金融業界はすでにAIに「全力投球」
PYMNTS Intelligenceのレポート「Financial Services Pulls Ahead in the Enterprise AI Race」によれば、金融機関はすでに収益認識・信用スコアリング・売上予測にAIを深く組み込んでいる。採用が進むユースケースは、監査可能なバックオフィス業務に集中しているのが現状だ。
これは組織論の視点から見ると示唆的だ。AIが最初に根を張るのはルール化しやすい構造的な業務であり、まさにジュニア人材が「基礎を学ぶ場」として機能していた領域と重なる。
エンジニア組織への示唆
※編集部の考察
Churchmanが提起した「認知的萎縮(cognitive atrophy)」のリスクは、金融業界だけの話ではない。AIコーディング支援ツールが普及するソフトウェア開発の現場でも、同じ構造的問題が生じうる。コードレビューや設計判断をAIに委ねることで、若手エンジニアがデバッグや設計の「なぜ」を学ぶ機会が減るという懸念は、すでに一部のエンジニアリングリーダーの間で共有されている。
ゴールドマン・サックスがこの問題に「現在も答えを模索中」と認めている点は、組織として誠実な態度だが、同時に業界全体に解決策がまだないことも示している。
詳細はGoldman Sachs Safeguards Apprenticeship Culture in AI Eraを参照していただきたい。