8月24日、Techstrong AIが「Tech Giants Face Backlash Over Mass Destruction of Physical Books for AI Training」と題した記事を公開した。AI学習データ確保のために紙の書籍を大量購入・スキャン後に廃棄しているテック企業に対し、消費者団体がFTCへの調査を求めている問題を報じている。
「世界中の本を破壊的スキャンする」——Anthropicの内部文書が明かした実態
問題の核心は、Anthropicの内部プロジェクト「Project Panama」だ。元Google Booksの幹部Tom Turveyが主導したこのイニシアチブは、「世界中の本を破壊的スキャンする」ことを目的として設計されていた。訴訟で開示された提案書によれば、6ヶ月間で最大200万冊の処理を想定していたという。
この実態が明るみに出たのは、カリフォルニア州連邦裁判所で審理中の著作権訴訟「Bartz v. Anthropic PBC」の封印解除された書類を通じてだ。手法は単純かつ工業的である。書籍を大量に買い集め、背表紙を裁断機で切り開き、高速スキャナーで読み込み、残骸を廃棄する。
デジタルメディア「404 Media」の調査報道は、この実態をさらに具体的に裏付けた。独立系書店からApple AirTagを仕込んだ1,000冊の注文を追跡したところ、荷物はラスベガスのAmazonの物流施設に直送されていた。施設内では油圧式裁断機で本を解体してデジタイザーに流し込む「流れ作業」が行われていたと、現場の作業員が証言している。なお、この追跡調査が示しているのはAmazonの物流施設が経由地として使われているという事実であり、Amazonがスキャン主体として関与しているかどうかは元記事の範囲では明確にされていない。同様の大量購入はオーストラリア・イギリス・アイルランドの独立系書店からも報告されている。
FTCへの調査要請——「独占的データ囲い込み」という論点
Demand Progress Education Fund、Consumer Federation of America、Institute for Local Self-Relianceなどの公益・消費者擁護団体は連名でFTCのAndrew Ferguson委員長とMark Meador委員にあてた書簡を送付した。
団体側の主張は著作権侵害にとどまらない。書簡では、この「破壊的スキャン」行為がFTC法第5条に違反する反競争的行為であると主張している。
「希少で再生不可能なリソースである書籍を大量かつ恒久的に破壊することで、AI企業は最も裕福な既存企業だけが高品質なAIモデルを構築できる未来を作り出している」
団体はFTCに対し、これまでに破棄された書籍の総量と、失われた唯一無二の作品数の特定を求めている。
なぜ「紙の本」にこだわるのか——「モデル崩壊」という技術的背景
この動きの背景には、AI開発における深刻な技術課題がある。「モデル崩壊(model collapse)」と呼ばれる現象だ。AIが生成したコンテンツがインターネット上に大量に蓄積されると、そのデータを学習した次世代モデルの出力品質が徐々に低下していく。人間が本来書いたテキストの統計的特性が失われ、モデルが「劣化したコピーのコピー」を繰り返すような状態に陥ることを指す。詳細はこの現象を報告した2023年の研究論文(Nature)も参照されたい。
この問題を回避するため、AI企業はインターネット普及以前、すなわち2022年以前に人間が書いた高品質なテキストに目を向けている。その最大の供給源として浮上したのが物理書籍だ。デジタル化されていない書籍は、AIが生成したノイズに汚染されていない「クリーンな学習データ」として価値が高い。
法的には、2025年に連邦判事が「合法的に購入した書籍の利用は著作権を侵害しない」とAnthropicに有利な判断を下している(ファーストセールの原則)。ただし、この判断はあくまで購入済み書籍の利用に関するものであり、著作権侵害訴訟そのものの決着ではない点には注意が必要だ。文化・歴史的な観点での批判は、法的白黒とは別の次元の問題として残る。
「書棚の本」と「企業が管理するデータ」は別物だ
文学史家や法律専門家が指摘するのは、物理書籍の不可逆的な喪失だ。紙の本は改ざんできない永続的な参照点として機能するが、企業が管理するデジタルデータは、密かに改変・要約・削除される可能性がある。
「他者が管理するデータとしてのみ残る本は、書棚に残る本とはまったく同じではない」
批判者たちはレイ・ブラッドベリの「華氏451度」との類似を指摘する。権力者が知識へのアクセスを独占するディストピアとの比較は、この問題の象徴的な重さを示している。
元記事によれば、破棄された書籍の中には現存する最後の物理コピーにあたる作品も含まれているとされている。具体的な作品名や件数は元記事の範囲では特定されていないが、消費者団体がFTCに「失われた唯一無二の作品数の特定」を求めていること自体が、その可能性を深刻視していることの表れだ。失われたものは取り戻せない。
詳細はTech Giants Face Backlash Over Mass Destruction of Physical Books for AI Trainingを参照していただきたい。