8月25日、runtimewire.comが「Thomson Reuters launches $40M legal LLM inside CoCounsel」と題した記事を公開した。法律AI市場で「汎用モデルに乗り続けるか、コア推論を内製化するか」という問いに、Thomson Reutersが4,000万ドルをかけた明確な答えを出した。独自LLM「Thomson」の発表は、垂直特化モデルの大型事例として業界の注目を集めている。
4,000万ドルをかけた垂直特化LLMの狙い
法律・税務情報サービス大手のThomson Reutersが、8月24日に自社初の独自LLM「Thomson」を発表した。
興味深いのは、このモデルの出発点だ。Thomsonは英Imperial College Londonが開発したオープンウェイト(モデルの重みを公開した形式の)基盤モデル「Snowdon」をベースに、Westlaw、Practical Law、Checkpoint、ReutersといったThomson Reuters自身が保有するプロプライエタリなコンテンツを使って追加学習(mid-training:基盤モデルの継続学習、post-training:タスク特化のファインチューニング)を施している。評価フェーズには数百人の領域専門家が参加したという。
4,000万ドルという投資額は、モデルの学習コストだけではなく、人材費と計算資源を含んだ総額だとThomson Reutersは説明している。
なぜ自社モデルを持つのか
このプロジェクトを主導したのは、Alexander Kardos-NyheimとJonathan Schwarzの2人だ。両氏はもともとSafe Sign Technologiesという英国の法律言語モデルスタートアップを創業し、2022年設立後にThomson Reutersに買収された(2024年8月)。Safe SignはThomson Reutersにとって売上ゼロ段階での初の買収案件であり、15人のチームはその後、Thomson Reuters内部の50人規模「Foundational Researchグループ」に発展した。
両氏がSafe Sign時代から主張してきたテーゼは明快だ。「汎用モデルの能力はコモディティ化する。法律のような規制分野で信頼できる性能を出すには、特化した学習・評価とプロプライエタリなデータが必要だ」というものだ。さらに、顧客側でも外部モデルのアーキテクチャ、価格、ロードマップへの依存を懸念する声が高まっていたと、Kardos-Nyheimはモデル開発の裏側を語った記事の中で述べている。
性能評価:強い部分と弱い部分
Thomson Reutersは、Thomsonが競合する汎用フロンティアモデルと同等の性能を持ちながら、学習・推論コストは低いと主張している。※元記事に記載されているモデル名・バージョン番号は原文ママ引用している。ただし、7月に公開されたベンチマーク表を見ると、実態はより細かい。
Thomsonがトップだった評価項目(7項目中3項目):
- PrBench Legal Hard(Thomson Reuters社内が用いる法律専門ベンチマーク。公開ベンチマークとは異なる内部評価指標を含む)
- 命令追従(Instruction Following)
- 長文コンテキスト処理
一方、以下では他モデルに後れを取った:
- Stanford LegalBench
- Harvey Legal Agent Benchmark
- 汎用推論
- コーディング
加えて、比較条件が統一されていない点は留意が必要だ。Thomsonはtest-time scaling(推論時に追加の計算リソースを投じて精度を高めるテクニック)あり、Gemini/Claudeはreasoningモードあり、GPT系モデルはreasoningモードなし、という設定での比較である。長文コンテキストのスコアも公開ベンチマークと内部評価の組み合わせだ。
学術界での独立評価も始まっている。Washington University School of LawのJonathan H. Choi氏が法人税の問題でThomson・ChatGPT・Claudeを比較したところ、3つすべてが正答したが、Thomsonの回答を最も好んだと報告している。Queen's UniversityとCornellで法律AIを研究するSamuel Dahan氏は、カナダの雇用法テストでThomsonの引用精度が概ね競合と同等だったと評価した。
タイトルで「汎用モデルはコモディティ化する」と踏み込んだ主張をしている一方、ベンチマーク結果が示すのは「法律特化領域での部分的優位」であり、汎用フロンティアモデルの全面代替ではない。この点は記事全体を通じて正直に記載されており、誇大な印象を持たないよう数字を確認しながら読むことを勧める。
CoCounselへの組み込みと「マルチモデル」戦略
Thomsonは現時点では単体では販売されない。ユーザーが最初に接するのは、**CoCounsel Legalの「Tabular Analysis」機能を通じてだ。この機能は最大1万件のドキュメントを100の質問項目に照らして審査し、出典付きで回答を返す**というもので、大量文書のレビュー業務を想定している。
CoCounsel自体は引き続きマルチモデル構成を維持する。性能で優れる外部モデルへのルーティングも継続し、次世代CoCounsel LegalではAnthropicの**Claude Agent SDK(複数のAIエージェントがツール呼び出しや計画・実行を連携して行うためのフレームワーク)**を使ってワークフローの計画・実行を行う。Thomsonは高頻度・ドメイン特化の処理を自社インフラで賄いつつ、汎用タスクは外部の最良モデルに任せる、という役割分担だ。
なお、Thomsonは自社コンテンツの10%未満しかまだ学習に使っていないとThomson Reutersは明かしており、今後の改善余地を示している。また、学術・非商用研究向けにオープンウェイトの小規模版も公開予定だ。
垂直特化LLMの大型事例として、Thomson Reutersのこの取り組みは、「汎用モデルに乗るだけ」から「コア推論を自社で内製化する」方向へのシフトを象徴している。ただし、ベンチマーク条件の不揃いや、法律特化以外の領域での遅れを考えると、汎用フロンティアモデルの代替というより補完的な位置づけとして機能する設計だと見るのが妥当だ。
詳細はThomson Reuters launches $40M legal LLM inside CoCounselを参照していただきたい。