8月24日、Dataconomyが「AI reduces wage growth more than jobs, says Apollo analysis of labor trends」と題した記事を公開した。この記事では、AIが雇用そのものよりも賃金上昇を抑制しているというApolloの分析結果について詳しく紹介されている。
AIの雇用破壊より「賃金抑制」の方が先に来ている
「AIで仕事が奪われる」という議論が続く中、Apollo Global Managementのチーフエコノミスト、Torsten Slokとエコノミストのサニア・エドリッヒが行った分析は、その問いに別の角度から答えを出した。
分析対象は321職種。2015年から2025年の労働統計データと、Anthropic Economic Indexを照合した。Anthropic Economic Indexとは、Anthropicが公開している指標で、AIモデルとの実際のやり取りのログをもとに、各職種でAIがどのように・どの程度活用されているかを測定したものだ。「理論上AIに代替されうる職種かどうか」を専門家が評価する従来型の指標とは異なり、実利用データに基づいている点が特徴である。
結果として浮かび上がったのは、雇用への影響ではなく賃金格差だった。
データが示す賃金格差
AI活用度が高い職種では、低い職種と比べて2023年以降に賃金成長率が6.7%低いという数字が出た。一方で、雇用者数には統計的に有意な差は確認されなかった。
さらに賃金水準別に分解すると、影響の偏りが鮮明になる:
- 最低賃金四分位(下位25%):10.7%の差
- 第2四分位:5.4%の差
- 第3四分位:4.0%の差
- 最高賃金四分位:有意な影響なし
低賃金労働者ほどAIによる賃金抑制を受けやすい——という構造が数字に表れている。ただし、サービス業従事者で示された24.3%という数字はサンプルが小さく、解釈には注意が必要だと著者らも認めている。
「雇用は減っていない」は本当か
雇用への影響がないという結論には、反論も存在する。
米国の統計当局は、AIへの露出度が高い18職種において雇用が0.2%減少したと報告している。全体の雇用は0.8%増加しているため、あくまで相対的な遅れだが、ゼロではない。
※編集部の考察:Goldman Sachsも別途、AIで代替されやすい分野での求人数の減少を指摘しており、新卒・転職者が影響を受けている可能性を示唆している。ただしこの点は元記事に含まれる情報ではなく、関連する別の調査として参照されたい。
IBMの元最高人事責任者(CHRO)、ダイアン・ガーソンはこう指摘する。「企業は、離職率の高い低賃金ポジションへの採用を静かに減らしているだけで、レイオフを公表していない」。さらに、会計上の問題も絡む——希望退職の費用は「一時的な構造改革コスト」として計上され目立ちにくく、一方でリトレーニングのコストは継続的な運営費として分散される。これが実態を見えにくくしているという。
IKEAの事例:再訓練で13億ユーロの事業創出
ガーソンが対抗例として挙げたのがIKEAだ。コールセンターの業務の多くを自動化した後、その従業員をリモートのインテリアデザインアドバイザーとして再訓練した。この取り組みにより、約13億ユーロの事業が生まれたとされている。
生産性向上は「まだ証明されていない」
Slokは「経済は縮小しているのではなく、より動的になっている」と述べ、企業設立件数が過去最高を記録していることを根拠に挙げる。しかし同時に、こうした変化が生産性向上をもたらしているかどうかは証明されていないとも認める。大手テック企業以外では、利益率に目立った改善が見られないためだ。
言い換えれば、今回の分析が示す「雇用は維持されているが賃金は抑制されている」という構造は、あくまで移行期の断面である可能性がある。AIの普及が生産性向上として可視化され、それが賃金に還元されるサイクルが機能するかどうかは、今後の労働市場データの蓄積を待たなければ判断できない。
なお、今回のような賃金動向の分析は欧州にはほとんど存在しない。Apollo分析が示す傾向が欧州の労働市場でも起きているのかは、現時点で不明だ。
詳細はAI reduces wage growth more than jobs, says Apollo analysis of labor trendsを参照していただきたい。