8月23日、Steef-Jan Wiggersが「OVHcloud Raises Prices as AI Memory Demand Reprices Non-AI Infrastructure」と題した記事を公開した。この記事では、AI向けメモリ需要の急騰が非AIインフラの価格を押し上げ、OVHcloudが最大87%の値上げを実施する事態に至った経緯について詳しく紹介されている。
ゲーミングサーバーが87%値上げ——原因はAIのメモリ爆食い
OVHcloudは2025年秋に大規模な価格改定を実施する。2026年版ゲーミングサーバーは87%の値上げ、その他の最新サーバーも40〜59%の引き上げとなる(いずれも9月から)。ただし、Kimsufi、Rise、旧世代のAdvanceやScaleといった旧製品ラインは据え置きだ。
値上げの直接の原因は、AI向け半導体需要によるメモリ市場の歪みだ。OVHcloud創業者のOctave Klaba氏がXへの投稿で明かした調達実績によると、2025年6月を100とした指数で、2026年6月時点の価格はRAMが604、SSDが323、HDDが148に達した。つまりRAMは1年で約6倍、NVMe SSDは7倍、HDDは3.5倍という水準だ。さらにCPU、マザーボード、ネットワークカードも15〜20%の上昇が見込まれると同氏は報告している。
Klaba氏はXで「2026年6月時点でRAMは2025年6月の6倍の価格を支払っている。2026年9月には9倍、2027年初頭には12倍になるとの予測もある」と述べ、この状況が「2028年まで続く」との見通しを示した。AI需要がデータセンター・GPU・Token-as-a-Service・エージェントAIのあらゆる層で爆発しており、その影響が「AI以外」のすべてのビジネスに波及しているというのが同氏の分析だ。
なぜAIがDDR4/DDR5を枯渇させるのか
背景にあるのはメモリ市場の構造変化だ。世界の主要RAMサプライヤー3社(Samsung、SK Hynix、Micron)は、GPU向けのHBM(High Bandwidth Memory:高帯域幅メモリ)の製造へと工場ラインを転換しつつある。
HBMとDDR4/DDR5は製造プロセスの面で競合関係にある。どちらもDRAMセルを積層・加工する工程を使うが、HBMはより複雑な3D積層(TSV:Through-Silicon Via)技術を要し、同じファブ設備の稼働時間を大量に消費する。つまり、HBMの生産枠を増やせばその分、通常のDDR4/DDR5の生産枠が物理的に減る。加えてHBMはDDR5比で利益率が大幅に高いため、サプライヤーにとって転換のインセンティブは明確だ。
結果として、普通のサーバーに使われる標準メモリの供給が絞られ、OVHcloudのような「市販コンポーネントを月次でローリング調達する」プロバイダーが直撃を受けている。長期契約や大量一括購入で先行確保できる大手ハイパースケーラーと異なり、スポット市場に近い形で調達するプロバイダーほど価格変動をもろに受ける構造だ。
AWSやAzureはなぜ値上げしないのか
ここが構造的に重要な点だ。AmazonはEC2の一部GPU予約製品(Capacity Blocks for ML)を2026年1月に約15%、7月に約20%引き上げたが、それ以外のカタログはほぼ無変更だ。発表もなく、同社は「需給に基づき定期的に更新する」とだけコメントした。
この差を生むのは調達規模と垂直統合だ。ハイパースケーラーは数年先のメモリを大量かつ優先的に確保しており、Trainium(AWSが自社設計するAIアクセラレータ)のように自社設計チップを持つことで部品調達の依存度そのものを下げている。一方、月次ローリング調達のプロバイダーにそのような緩衝材はない。大量購入による単価交渉力の差が、そのまま価格転嫁の要否の差として現れている。
ただし、この格差が永続するとは限らない。The Registerが取材した中規模MSP(マネージドサービスプロバイダー)の創業者は「OVHcloudの発表に驚きはない。AzureとAWSも遠からず同様の値上げを発表するだろう」と語っている。Klaba氏自身も「競合が価格を上げなければ」という条件付きで、コスト上昇分を自社が吸収し続けることには限界があると認めている。
ユーザーの反応——「4月にも上げたばかりなのに」
OVHcloudのRedditコミュニティでの反応は、値上げ自体への異論より「頻度」への不満が中心だった。あるユーザーは「特に4月に価格を上げたばかりなのに、これは不満だ」とコメント。他のユーザーはRAMの高騰をOVHcloud固有の問題ではなく市場全体の動きとして受け止めつつ、SSD不足も問題だと指摘した。なかにはセルフホスト(自社ハードウェア)への移行を表明したユーザーもいた。
半年で2回の値上げは、顧客にとってキャパシティプランニングを「継続的な交渉」に変える。OVHcloudが12ヶ月・36ヶ月のセービングプランを残し(1・6・24ヶ月プランは廃止)、期間中の価格固定を提供するのは、この不確実性への現実的な対応とも読める。長期契約を結ぶほど価格変動リスクをOVHcloud側が引き受ける形になるが、それだけ顧客の離反を防ぐ効果もある。
欧州ソブリンクラウドへの影響
この問題はOVHcloud単体の収益問題にとどまらず、欧州のデジタル主権政策にも波及する。クラウド政策を専門とするアナリストのAndrei Nutas氏は、欧州クラウド事業者のコスト構造に内在する矛盾を鋭く指摘している。OVHcloudの請求書はルーベ(フランス)からユーロ建てで発行されるが、その数字はヨーロッパが一切関与していない工場と購買部門——すなわちアジアのメモリファブと米国の半導体設計——で決まっているという点だ。
欧州の公共調達では、管轄権の観点からソブリンクラウドプロバイダーを優遇する動きが進んでいる。InfoQが報じたとおり、Airbusは非欧州の域外法からの保護をクラウド入札の評価基準に加えた。しかし、そのビジネスケースを支えてきた「安価なインフラ」という前提が、AI需要によって崩れつつある。「欧州企業だから安心」という軸と「欧州企業だから割安」という軸が同時に成立しにくくなっているのが現状だ。
Klaba氏は「それでもベアメタルとパブリッククラウドでは最安値を維持する」と主張しつつも、「以前は競合の3倍安くできたが、今後は2倍安い程度になる(競合が価格を上げなければ)」と率直に認めている。コストアドバンテージの縮小は、ソブリンクラウド優遇政策の根拠の一部を揺るがす。
コンポーネント価格の高騰は2028年まで続く見通しだが、現在進行中の欧州移行プログラムの多くはそのホライズンを超えた予算で動いている。メモリ市場は過去にも急騰・急落を繰り返してきた。だが、高騰期に書かれた予算は、市場が戻っても修正されない。
詳細はOVHcloud Raises Prices as AI Memory Demand Reprices Non-AI Infrastructureを参照していただきたい。