8月21日、Techstrong.aiが「OpenAI Unveils Zero Data Retention for Frontier Models, Previews Privacy-Preserving Safety System」と題した記事を公開した。OpenAIがエンタープライズ向けAPIに「ゼロデータ保持(ZDR)」を導入したというニュースだが、この機能には核心的なトレードオフが内在している。データを一切保持・閲覧できないまま、どうやって不正使用を検出するのか——この問いにOpenAI自身が「洗練された攻撃は検出できない」と率直に認めており、プライバシー強化と安全監視の両立という業界全体の難題を改めて浮き彫りにしている。
ゼロデータ保持(ZDR)とは何か
OpenAIは、フロンティアモデルのAPIデプロイメントにおいてゼロデータ保持(Zero Data Retention、以下ZDR)を提供すると発表した。対象は、医療データ・財務記録・機密の事業計画・独自研究といった機密性の高い情報を扱う組織向けの、エンタープライズAPIプランに限定される。一般のChatGPTユーザーは対象外だ。
ZDRを有効にすると、リクエスト処理後にプロンプトと出力がOpenAI側に保持されない。OpenAIのスタッフはカスタマーコンテンツにアクセスできず、顧客が明示的にオプトインしない限り、APIデータがモデルの学習に使われることもない。
データの保管先については2つの選択肢が用意される。
- 顧客が管理するインフラ上にコンテンツを置く形式(現行)
- OpenAI側のインフラに置きつつ、顧客が管理する鍵で暗号化する形式(開発中。OpenAI側は鍵のコピーを持たない)
なお、「学習に使わない」と「ゼロ保持」は別の保証である点も重要だ。前者はプロンプトや出力を一定期間保持しながら学習には使わないケースを含む。ZDRはあくまでプロバイダー側での永続的なストレージを対象とするものであり、インメモリでの一時処理、自動的な不正スクリーニング、法的義務による保持などは引き続き行われる可能性がある。また、APIデータはデフォルトで学習から除外されているため、ZDR有効化とは別の設定操作は不要だ。
「ゼロ保持」には複数の例外がある
ただし、この保証には注意すべき例外が多数存在する。
- OpenAIは「特定の顧客に対してZDRの対象外とする権利を留保する」としている
- 不正利用監視ログのためにデータが保存される場合がある
- ベクターストアデータ、スレッド、その他サーバーサイドオブジェクトといったアプリケーション状態データはタスク実行のために保持される
- 児童性的虐待素材(CSAM)に該当すると判定された画像は、報告義務のもと手動レビューのために引き続き保持される
技術的な挙動としては、ZDR有効時はResponses APIおよびChat Completions APIでstoreパラメータが強制的にfalseとして扱われる。アプリケーションがstore: trueを送信しても上書きされる。
ZDRが抱える根深いトレードオフ
ここで核心的な問いが生じる。データを保持・閲覧できないまま、どうやって不正使用を検出するのか、という問題だ。
OpenAIは「既存のZDR互換のセーフガードは各インタラクションを個別に評価する」と説明している。しかしこれは、複数のプロンプト・アカウント・エージェントワークフローのステップにまたがって初めて可視化されるリスクを見逃すことを意味する。記事内でもOpenAIは「見逃すかもしれない」という留保ではなく、「洗練された攻撃は検出できない」と明言している。
この問題はOpenAI固有ではなく、AIプロバイダー全体が「セキュリティ・プライバシー・不正防止」の三者間のバランスを強いられている構造的な課題だ。
※編集部の考察:類似のアプローチとして、Microsoft Azure OpenAI ServiceもAzure OpenAI Data Zoneにおいてデータ保持ポリシーの選択肢を提供しており、機密コンピューティング(Confidential Computing)を活用した暗号化処理の分離を特徴とする。OpenAIの今回のZDRはAPIレイヤーでの保持ゼロを主眼とする点で異なるアプローチだが、「プライバシーと安全監視の両立」という課題はいずれも共通している。
「プライベート安全処理(PSP)」のプレビュー
ZDRと同時に、Private Safety Processing(PSP)のプレビューも公開された。PSPは、ZDRが引き起こす安全監視の空白を補うために設計された仕組みで、関連するインタラクション間のパターンを解析し、有害な活動の疑いがある場合に限定的なシグナルを返す。OpenAIはその際、スタッフがプロンプトや応答の内容に直接アクセスしないと説明している。
PSPの具体的な動作については現時点で詳細が限られているが、公開情報から読み取れる設計思想は「コンテンツそのものではなく、インタラクションの統計的パターンや集計シグナルを用いて異常を検知する」というアプローチに近い。これはFederated LearningやDifferential Privacyといった既存のプライバシー保護技術の考え方と親和性が高いが、OpenAIが実際にどの技術を採用しているかは未公表だ。
実装の詳細——具体的な検出手法、誤検知の扱い、シグナルの粒度——は2026年9月に公開予定のテクニカルホワイトペーパーで明らかにされる予定とされており、現時点ではプレビュー段階にとどまる。
ZDRとPSPの導入によって、万が一顧客データに問題が生じた場合(例えば病院から患者の医療記録が漏洩した場合など)、その責任はより明確にAPIユーザー側に移ることになる。エンタープライズ導入を検討する組織は、コンプライアンス上の利点と、安全監視の限界という両面を踏まえた上で判断する必要があるだろう。
詳細はOpenAI Unveils Zero Data Retention for Frontier Models, Previews Privacy-Preserving Safety Systemを参照していただきたい。