8月21日、pointinthecloud.comが「I ran Photoshop on a £0.60 computer chip」と題した記事を公開した。わずか60ペンス(約110円相当、執筆時レート換算)のマイコンチップ上でApple Macintoshをエミュレートし、Adobe Photoshopを動作させた実験の報告だ。
驚くのは「動いた」という事実だけではない。この実験を起点に筆者が提起する問い——「私たちが本当に必要としているコンピュータとは何か」——の方が読後に強く残る。速さや多機能さを追い続ける現代のPC市場に対し、真逆の方向から切り込むアプローチとして興味深い。
60ペンスのチップとは何か
使用したのはRaspberry Pi RP2350。Raspberry Pi財団が2024年に発表したRaspberry Pi Pico 2に搭載されているマイコンチップだ(RP2350はチップ単体、Pico 2はそれを搭載した完成ボード、という関係にある)。ARM Cortex-M33コアを2基、動作周波数150MHzで搭載し、単価は約60ペンス(約110円)。組み込み向けの超低コスト・低消費電力チップだが、外部フラッシュを加えればギガバイト級のストレージも扱える。
このチップ上でApple Macintoshのエミュレーターを走らせ、そのうえでPhotoshopを起動した。ただし動作したのは1990年前後のMacintosh向け初期版であり、現代のCreative Cloud版とは別物だ。フルカラー写真の現像には程遠いが、モノクロ画面にPhotoshopが起動し、描画が行える状態になっていることは事実である。

エミュレートされたApple Macintosh上で動作するPhotoshop
同じ環境でWordPerfect(1980〜90年代に広く普及したワードプロセッサ)も動作した。筆者はその使用感を「通知も雑多な表示もなく、現代のMacBookより集中できて驚くほど快適だった」と記している。
コスト感覚の逆転
1989年当時のMacintosh SEの販売価格は£3,495。イングランド銀行のインフレ計算ツールで現在価値に換算すると£9,554(約185万円)になる。それと同等の処理能力を持つ環境が、今日ではチップ単体で60ペンス、周辺部品を加えても数ポンドで構築できる。この価格差の大きさが、筆者の問いの出発点だ。
「最小限の現代コンピュータ」という問い
1990年代のコンピュータは、プレゼンテーション・文書作成・表計算・メール・Webブラウジングに使われていた。筆者はこれを「現代の多くの用途と大差ない」と指摘したうえで、こんな問いを並べる。
- 電子ペーパー画面を使えば、目に優しく低消費電力なラップトップが作れるか?
- ソーラー充電だけで動作できるか?
- 現代OSより落ち着いた、散漫にならないインターフェースを持てるか?
- 数年でゴミになる製品ではなく、長期間使い続けられるか?
- スマートフォンのような「依存性」を排除できるか?
RP2350はより高性能なチップと比べてシンプルな構造であり、チップ全体の動作をドキュメントで追えること・消費電力が低いことが利点として挙げられている。
現代Webとの壁、そして折り合いの付け方
筆者は「現代のWebはこのデバイスでは閲覧できないほど複雑になってしまった」と率直に認める。ただし、より大きなコンピュータで変換処理を行うブリッジ方式や、軽量テキスト中心のプロトコルであるGemini(HTTPの代替として設計されたシンプルなネットワークプロトコル)向けブラウザであれば動作の可能性があるとしている。メッセージングについても、AdafruitがRP2350上でCircuitPythonによるIRCクライアントのデモを公開しており、完全な孤立環境とはならない。
Permacomputingとの接点
この実験はSolarpunkやPermacomputingと呼ばれる思想的潮流と重なる。Permacomputingとは、持続可能性・長寿命・修理可能性を重視したコンピューティングのあり方を探るムーブメントだ。プライバシーを尊重し、ソーラーで動き、ユーザー自身が手を入れられるコンピュータという方向性を、筆者は肯定的に捉えている。
「現代の技術が何十年も前に登場していたら、コンピュータはどう進化していただろうか」——記事はこの問いで締めくくられる。110円のチップが動かしているのはPhotoshopだけでなく、現代のコンピューティングへの根本的な問い直しでもある。
詳細はI ran Photoshop on a £0.60 computer chipを参照していただきたい。