8月21日、Anna's Archiveが「AI companies destroy physical books」と題した記事を公開した。AI企業が法的リスク回避と競合排除を目的に物理的な書籍を大量購入・スキャン後に廃棄し、知識を私有サーバーに独占しているという実態を告発する内容だ。
ただし重要な前提として、この告発は世界最大規模のシャドウライブラリ(非公式デジタル図書館)であるAnna's Archive自身による主張であり、Anthropicによる公式の確認はない。情報源のバイアスを念頭に置きつつ読んでいただきたい。
「Project Panama」——何が告発されているのか
記事の核心は、「Project Panama」と呼ばれるAnthropicの極秘プロジェクトへの告発だ。
告発によれば、このプロジェクトは2024年初頭に始動した。Anthropicは数千万ドルを投じて仲介業者経由で大量の古書を購入し、スキャンしてClaudeの学習データとして利用した後、書籍を物理的に廃棄したとされる。この計画の存在は、15億ドル規模の著作権侵害訴訟の和解交渉の過程で明らかになったという。Anthropicを巡っては、作家や出版社からの著作権訴訟が複数提起されており(関連報道:The Verge等)、この和解交渉との関係性は現時点で独立した確認が難しい状況だ。
なぜスキャン後に廃棄するのか。記事は3つの理由を挙げる。
- 競合他社への封じ込め——物理的な原本を消すことで、他社が同じ書籍をスキャンできなくなる
- 法的リスクの軽減——スキャンデータを保持しつつ原本を残すことで生じる著作権上のリスクを低減する
- コスト効率——高品質なロスレススキャンの保管より廃棄の方が安価
結果として、世界でその書籍のデジタルコピーを持つのはAnthropicだけ、という状況が生まれる。「人類の知識をアクセス可能にする」と謳うAI企業が、その知識を私有サーバーに封じ込めているという構造だ。記事はこの行為を「現行法上は合法だが、人類に対する極めて深刻な犯罪だ(原文:a crime against humanity)」と断じている。
なぜ今、物理的な書籍が標的になるのか
この問題の背景には、AIモデルの訓練データ調達競争がある。
大規模言語モデルの性能は学習データの質と量に大きく依存するが、2022〜2023年ごろから「高品質な人間の書き言葉」の枯渇が業界内で懸念されるようになった。ネット上のテキストは量こそ膨大だが、誤情報や低品質コンテンツが混在する。一方、書籍——特に査読・編集を経た古書——は質の高いテキストとして需要が高く、AIトレーニングデータとしての市場価値が急騰している。
記事はさらに「2025年初頭の時点で、新たに公開されるインターネットコンテンツの半数以上がすでにAI生成だ」と主張する。この数字の独立した検証は難しいが、NewsGuardやMIT Technology Reviewなど複数の調査機関がAI生成コンテンツの急増を継続的に報告しており、傾向としては広く認識されている。人間が書いたテキストがネット上から相対的に減っていく中で、物理的な書籍という「過去の人類の声」への需要が高まるという構図だ。
Anna's Archiveの立場と「対抗スキャン」の呼びかけ
Anna's Archiveは、Library Genesis(LibGen)やSci-Hubなどの既存シャドウライブラリのミラーを束ねた、現時点で世界最大規模のシャドウライブラリだ。著作権上の問題から正規の流通経路では提供できないコンテンツを「知識の保存・共有」目的で運営しており、その活動自体が各国の著作権法と緊張関係にある。
自身もグレーゾーンで活動するAnna's Archiveが今回の告発を行っている点は、記事の信頼性を評価する上で無視できない文脈だ。それでも、「AIトレーニングのために物理原本が商業的に買い占められる」という現象そのものは、複数の業界関係者が以前から指摘してきた問題でもある。
同アーカイブは今回の記事で、世界中のボランティアに対して書籍・論文・古文書・雑誌などのスキャンとアップロードを緊急に呼びかけている。
「もし世界中に1,000万人のボランティアがいて、一人一冊スキャンすれば、1,000万点の貴重な財産が手に入る」
報酬として、小規模なスキャン・アップロードにはAnna's Archiveの生涯メンバーシップを、大規模な活動に対してはスキャン費用の補助を提供するとしている。
「合法」であることの問題
エンジニアにとってこの問題が他人事でない理由は、訓練データ調達の設計判断が現実の書籍市場を動かし始めているからだ。モデル開発側が「2022年以前に人間が書いたテキスト」を大量に必要とする限り、その需要は物理的な古書市場にも波及する。
記事が告発する行為は現行の著作権法の枠内に収まる可能性が高く、法的に問うことが難しい。「技術と法律が追いつく前に、物理的な原本が消えていく」というAnna's Archiveの訴えは、情報源のバイアスを差し引いても、AIトレーニングデータの調達倫理という問題を鮮明に浮き彫りにしている。
詳細はAI companies destroy physical booksを参照していただきたい。