8月20日、Cisco Talosが「UAT-10147: Chinese-speaking adversary integrates agentic AI into post-compromise operations」と題した記事を公開した。この記事では、中国語圏のサイバー犯罪グループ「UAT-10147」がAIエージェントをポストコンプロマイズ(侵害後)工程に統合し、攻撃を半自動化している実態について詳しく報告されている。
AIを攻撃ワークフローに組み込んだ脅威アクターの登場
2026年初頭、Cisco TalosはUAT-10147と命名した中国語圏のサイバー犯罪グループを追跡・特定した。このグループの最大の特徴は、従来の「生成AIによる簡易スクリプト補助」を超え、エクスプロイトの反復改良・トラブルシューティング・ペイロード生成・検証・ドキュメント生成といった一連の攻撃ワークフロー全体にAIエージェントを統合している点にある。
Talosはこれを「AIアシスト型スクリプティングから半自動攻撃オーケストレーションへの移行」と評している。単なるコード補完ではなく、攻撃オペレーション全体をAIが支援する形態への進化だ。
具体的に使用が確認されたAIツールは以下の通り。
- DeepAudit:ソースコードの脆弱性スキャン(※Talosレポートで確認された独自ツールであり、広く公知のプロダクトとは異なる可能性がある)
- **PentestGPT**:ペネトレーションテスト支援のAIフレームワーク
- AIが生成したオペレーショナルプレイブック(攻撃手順書)
- AIによるエクスプロイト自動化スクリプトとトラブルシューティングロジック
攻撃の規模と標的
UAT-10147のC2(コマンド&コントロール)サーバーのオープンディレクトリから、約17万件のURLを収めたターゲットリストが発見された。グループはこのリストを1万件ずつ17ファイルに分割してスキャン効率を最適化している。ファイル分割に使われた文字「w」は、中国語の「萬(10,000)」に由来する。
影響を受けた組織の所在地はブラジル、ボリビア、中国、カナダ、ベトナムなど。対象セクターは政府機関・大学・メディア・テクノロジー・ゲームと幅広い。
侵害チェーンの詳細
Windowsへの感染フロー
初期アクセス後、攻撃者は**back.bat(またはback.txt)**という多段階マルウェア展開スクリプトを実行する。主な動作は以下の通り。
- EfsPotato(権限昇格ツール)を使い、IISディレクトリ(
System32\inetsrv等)をWindows Defenderの除外リストに追加してAVを無効化 - certutilでバックドア(
dll.zipに偽装したBadIIS)と追加スクリプトをダウンロード - appcmdでIISサイト構成を列挙し、BadIISモジュールの注入先を特定
- **
user.bat**でローカル管理者ユーザーを作成し、RDPによる永続アクセスを確保 - スケジュールタスクに「Google Chrome Start」という偽名でバックドアを登録して永続化
展開されるインプラントにはQuasarRAT、Gh0stCringe、SPECTREなどが確認されている。
Linuxへの感染フロー
RCEペイロードでWebシェルを設置した後、以下の権限昇格エクスプロイトを組み合わせてroot権限を取得する。
| CVE | 通称・概要 |
|---|---|
| CVE-2022-0847 | Dirty Pipe:Linuxカーネルのパイプバッファ処理の欠陥 |
| CVE-2021-3156 | Baron Samedit:sudoのヒープバッファオーバーフロー |
| CVE-2022-0995 | watch_queueイベント通知機構の境界外書き込み |
| CVE-2010-3904 | RDSプロトコルの任意カーネルメモリ書き込み |
| CVE-2015-3246 | libuserのroothelperによる/etc/passwd破壊 |
| CVE-2015-5287 | ABRTのシンボリックリンク悪用 |
root取得後はNoodleRAT、SPECTRE、Meterpreterを展開してC2に接続する。NoodleRATはLinuxを標的とした中国語圏の脅威アクターが使用するバックドアとして以前から知られており、BadIISもIISモジュールを悪用するマルウェアとして複数のAPTキャンペーンで観測されてきた実績がある。
一方通行のデータ窃取:Nacosを隠れ蓑に
特筆すべき手口として、CVE-2021-29441/29442(Nacosフレームワークの任意コード実行)の悪用がある。エクスプロイト成功後、ペイロードはLinuxならidとhostname、Windowsなら%USERNAME%と%COMPUTERNAME%を取得し、正規のクラウドベース構成管理サービスであるNacosサーバーにPOSTする。通常の管理トラフィックに紛れ込ませることで、リバースシェルを張り続けるリスクなしに侵害確認を行う設計だ。
なぜこれが重要か
Talosが強調するのは、AIツールの活用が攻撃者側の「参入障壁」を下げているという点だ。従来は高度な専門知識が必要だったポストコンプロマイズ操作(権限昇格・横展開・ペイロード調整)を、AIが生成した手順書と自動化スクリプトで補うことで、技術力の低い攻撃者でも複雑な侵害を実行できる環境が整いつつある。
この問題はUAT-10147に限った話ではない。近年、国家支援型APTと金銭目的のサイバー犯罪グループの間でツール・手法・インフラが共有される事例が増加しており、帰属分析が難しくなっている。UAT-10147もその境界線が曖昧なグループの一例であり、Talosは現時点で国家との直接的な関与については明言を避けている。
※編集部の考察:AIエージェントを攻撃オーケストレーションに組み込む手法は、セキュリティ業界が長らく「近い将来のリスク」として警告してきたシナリオが実際のキャンペーンで観測されたという意味で、転換点となり得るレポートである。防御側においても、AIを活用した脅威検知・インシデント対応の自動化が急務となっていることをあらためて示している。
詳細はUAT-10147: Chinese-speaking adversary integrates agentic AI into post-compromise operationsを参照していただきたい。