8月20日、Mike Kasbergが「Hacking with Claude on a $27 Smart Watch」と題した記事を公開した。27ドルのオープンソーススマートウォッチ「PineTime」にAIを活用してカスタムウォッチフェイスを実装したプロセスを詳述したもので、ファームウェア開発の習熟コストをAIで一気に短縮できることを示す実践的なレポートだ。
通常、組み込みファームウェアの改造には専用ツールチェーンの習熟やハードウェア固有のAPIの理解など、相応の時間投資が必要とされる。しかし今回Kasbergが実際にかけた時間はわずか数時間。「本来なら挫折していた領域」にAIとの組み合わせで踏み込んだ事例として、開発者コミュニティで注目を集めている。
引き出しに2年眠っていたデバイスが動き出したきっかけ
PineTimeは、PINE64が手がけるオープンソーススマートウォッチだ。ファームウェアにはInfiniTimeが採用されており、ソースコードが公開されているため自由に改造できる。Kasbergは1〜2年ほどこのデバイスを引き出しにしまい込んでいた。InfiniTimeのコードベースを学ぶ時間と気力が続かなかったためだ。
きっかけはX(旧Twitter)への2つの投稿だった。@steveruizokがESP32デバイスをClaudeでハックする様子を投稿し、@levelsioがApple Watch向けのカスタムCasioウォッチフェイスを作ったことを報告していた。「PineTimeでも同じことができるのでは」と思い立ったKasbergは、デバイスを引っ張り出した。
KasbergがPineTimeをAIハックの対象に選んだ理由は明確だ。27ドルという価格ゆえ失敗してもリスクが低く、ドキュメントが充実しているためAIが参照しやすいコード資産が揃っている。加えて、PC上で動作を確認できるシミュレーターInfiniSimが優秀で、実機なしにフィードバックループを素早く回せる点も大きかった。
実際の開発フロー:ツールとモデルの選択
記事タイトルでは「Claude」と書かれているが、実際の作業の大半はOpenCodeを使って進めた。OpenCodeはターミナル上で動くオープンソースのAIコーディングエージェントで、複数のLLMバックエンドを切り替えて利用できる。Kasbergが選んだのはKimi K2/K2.5(月Platformが開発した中国発の大規模オープンウェイトモデル)とDeepSeek V3/Flashだ。いずれもAPIコストが比較的安価なオープンウェイト系モデルで、トークン消費が多い反復作業に向いている。
作業の流れはシンプルだった。まずInfiniSimリポジトリをクローンしてビルドを通し(Ubuntu上でこれは素早く完了したという)、levelsioが公開したCasioウォッチフェイスの写真をそのままAIに渡して、既存のInfiniTimeウォッチフェイスのコードをベースに模倣するよう指示した。
最初に生成されたコードの方向性はおおむね正しかったが、テキストのサイズや位置がずれて要素が重なり読めない状態だったという。そこでKasbergは全自動に委ねるのではなく、トークンコストを節約しながら人間が介入して反復する戦略を取った。1つの要素を確認・修正してから次へ進む、地道なアプローチだ。
「静的部分は画像にしてしまえ」という発想の転換
開発途中でKasbergが気づいたのは、「変化しない画面の静的部分にコードを費やしすぎている」という問題だ。そこで240×240ピクセルの背景画像を1枚用意し、動的な部分(時刻・日付など)だけをプログラムで描画する方針に切り替えた。
シミュレーター上ではこれが機能した。しかし実機に転送してみると、ハードウェアの限界が見えてきた。Bluetooth経由での画像転送に約10分かかり、画面スワイプ時のリフレッシュに1〜2秒要する。さらにウォッチのメモリに画像全体を保持できず、ファイルシステムからストリーミングする必要もあった。
それでも「数時間で作った動作するプロトタイプとしては十分」とKasbergは判断し、コードをGitHubに公開した。今後は背景をコードで描画するよう改良し、即時更新できるようにしたいと述べている。
副産物:次の開発者のためのAGENTS.md
実装の締めくくりとして、KasbergはAIに「今回の作業で学んだことをまとめて」と依頼し、AGENTS.mdを生成させた。同じプロジェクトに取り組む次の開発者がつまずきポイントを回避して素早く着手できるよう、開発環境のセットアップ手順や注意点を整理したドキュメントだ。AIを使った開発では「次のセッションでコンテキストを引き継ぐ」用途でも活用できるという点で、単なるREADMEとは異なる実用的な副産物といえる。
Kasbergが一貫して強調するのは、本番コードではない低リスクな環境でAIと作業することの有効性だ。失敗してもダメージが少ない安価なハードウェア、充実したドキュメント、優れたシミュレーター——これらが揃ったPineTimeは、AIとの組み合わせで学習コストを劇的に下げる実験台となった。組み込み開発に興味はあるものの敷居を感じていた開発者にとって、具体的な手順まで公開されている本記事は一読の価値がある。
詳細はHacking with Claude on a $27 Smart Watchを参照していただきたい。