8月18日、MIT Technology Reviewが「We still don't know how people are really using AI」と題した記事を公開した。AnthropicやOpenAIが公表するAI利用実態レポートは、実は会話全体の半数近くをフィルタリングした上で成り立っている——独立研究者たちがその構造的な盲点を明らかにし、企業データに依存しない「鳥瞰図」を構築しようとしている。
AI企業のレポートは「見せたいデータ」しか見せていない
AnthropicやOpenAIは、ClaudeやChatGPTの利用動向に関するレポートを定期的に公開している。だが、その数字をそのまま信じてよいのか。
スタンフォード大学のTrustworthy AI Research (STAIR) Lab でComputer Science博士課程に在籍するAnka Reuelは「それを裏付ける独立した情報源が存在しない」と指摘する。
Anthropicが公開している**Anthropic Economic Indexは、AIの利用実態を示す資料として最も広く引用されるレポートの一つだ。ただし、その名称が示す通り、業務・生産性に関連する用途に絞ってClaude AIの会話を分析しており、それ以外の会話はフィルタリングされている。同様に、OpenAIが2025年に公開したレポートでも、消費者利用のうち仕事関連は30%にとどまる**と報告されており、残り70%の用途がレポートから抜け落ちやすい構造は両社に共通している。
AI Observatoryのチームが、Anthropicの手法を自分たちのデータセットに適用したところ、会話全体の約48%が除外対象になることが判明した。除外された会話には以下のような傾向があった。
- 健康・人間関係に関するトピック:**44.2%**(Anthropicの分析では31.2%)
- 成人向け・違法コンテンツ:**7.9%**(同2.1%)
- ハラスメント・ヘイト:**27.5%**(同5.66%)
- 性的コンテンツ:**16.7%**(同2.4%)
UT-AustinのSchool of InformationでAIと人間の相互作用を研究するDavid Widder助教授(AI Observatoryには非参加)は次のように述べる。「たとえばAnthropicの汎用AIシステムが、全体として善い目的に使われているのか、それとも悪い目的に使われているのか――その問いに答えることができない。なぜなら、その情報は企業の独自データだからだ」。
こうした構造は、単なる「データの偏り」にとどまらない。AI規制・政策立案の現場では企業レポートが主要な参照資料となることも多く、フィルタリングされた数字に基づいて重要な意思決定が行われるリスクをはらんでいる。独立した検証の仕組みがなければ、企業の公開情報が「事実」として流通し続けることになる。
AI Observatory:独立した「鳥瞰図」を作る試み
この問題意識から生まれたのが、AI Observatoryだ。Reuelと、MITメディアラボ出身のShayne Longpreが共同でリードする研究プロジェクトで、MIT・スタンフォード・Data Provenance Initiativeなどの研究者が参画している。
このプラットフォームは、ユーザーの同意を得て収集された7つの既存データセットから、実際のAI会話を集約・分析する。規模は以下の通りだ。
- 会話数:24,521件
- 会話ターン数(ユーザーの入力とAIの応答の組):85,633件
- ユーザー数:5,000人
- 対象モデル数:52種類(ChatGPT、Gemini、Claude、Grokなど)
- 対象期間:2023〜2025年
ただし、Anthropicが最新レポートで分析した会話数は100万件、OpenAIは150万件であり、AI Observatoryのデータはそれと比べると大幅に少ない。また、センシティブな用途はユーザーが自発的に提供しにくいため、過小評価されている可能性があるとチームは注意を促している。
独立性という観点でも留意が必要だ。AI Observatoryは企業から独立した研究者主導のプロジェクトであるが、利用するデータセットはいずれもユーザーの任意提供に依存しており、サンプルの代表性には限界がある。チーム自身がこの点を明示していることは誠実さの表れといえるが、結果の解釈にあたっては企業レポートと同様、一定の留保をもって読む必要がある。
モデルによって用途が大きく異なる
AI Observatoryの分析では、モデルごとに利用パターンが明確に異なることも示された。
- GrokとGemini:情報検索目的での利用が多い
- Grok:ニュース・政治情報の検索で特に人気。ただし、誤情報が集中しやすい傾向も確認された(他の研究とも整合する)
- Claude(Anthropic):コーディング用途での利用が多い
- Gemini:ソーシャル・ロールプレイ用途
- ChatGPT:宿題支援
同じモデルのバージョン間でも差が出ており、GPT-3.5では会話が短い傾向があったのに対し、GPT-4oでは長く反復的な会話が多く見られた。GPT-4oは感情的な依存を引き起こすと懸念されているモデルであり、今回の分析結果はその指摘と整合する。
また、WildChatデータセット(今回最大規模のデータセットの一つ)では、時系列的に会話が長く精緻になっていく傾向が見られた。さらに、雑談が増加し、AIが自身をチャットボットと自己開示する頻度が低下しているという変化もあり、AIコンパニオン的な使われ方が広がっていることが示唆される。
一方で、ハラスメントやヘイトスピーチなどを含む「センシティブな利用」は減少傾向にあり、プラットフォーム側のセーフガードが機能してきた可能性がある。
「企業の語り」だけに依存するリスク
Longpreは「単一の企業レポートが全体像を語ることはない」と述べる。AI Observatoryのデータは研究者に公開され、チームは今後データセットを拡充していく方針だ。
理想的には、AI企業がユーザープライバシーを保護した形で独立した研究者にデータを提供することが望ましいとReuelは言う。しかし現状では、AIの利用実態に関する意思決定は「企業の語り(narrative)の外で何が起きているか分からないまま、極めて重要な判断をしている状態だ」と警鐘を鳴らしている。
詳細はWe still don't know how people are really using AIを参照していただきたい。