8月15日、PYMNTSが「Enterprise AI's Hottest Job Just Found Its Biggest Skeptic」と題した記事を公開した。この記事では、エンタープライズAIで急成長中の職種「フォワードデプロイドエンジニア」の必要性に異議を唱えるスタートアップDecagonの主張について詳しく紹介されている。
「その職種、本来いらないはずだ」
エンタープライズAI導入を支援する専門職「フォワードデプロイドエンジニア(Forward-Deployed Engineer、FDE)」の求人件数は、2025年1月から9月にかけて800%超増加した。MicrosoftはFDE相当の人材約6,000人を顧客企業に埋め込む体制に25億ドルを投じ、AWSも同様の取り組みに10億ドルを拠出している。
FDEとは、AIソフトウェアを顧客企業の内部で実際に動かすために常駐する技術専門家のことだ。もともとはデータ分析企業Palantirが複雑な政府・防衛案件に対応するために確立・普及させたとされるモデルであり、近年はエンタープライズAI全般に広がっている。エンタープライズAI導入において「技術そのものより、組織側の準備不足が最大の障壁」と答えた大企業幹部が**71%**に達するというPYMNTS Intelligenceの調査結果が、この職種への需要を正当化してきた。
しかしカスタマーサービスAIスタートアップの**Decagon**は、その前提に真っ向から反論する。CEOのJesse Zhangは「FDEへの長期依存は、そのソフトウェアが使いにくすぎる証拠だ」と述べている。
Decagonが示す「反FDE」の論拠
Zhangが主な比較対象として挙げるのは、Bret Taylorが率いるカスタマーサービスAI企業Sierraだ。Sierraは資金調達額がDecagonの3倍で、年間経常収益は2億ドルに達する(エクイティリサーチ企業Sacra調べ)。
ZhangがメディアNewcomerに語った具体的な事例は次のようなものだ。ある顧客企業はSierraのFDEと1年間かけてカスタマーサービスのワークフローを3本構築した。新しいワークフローを追加したり、会話ログを詳しく確認したりするには毎回エンジニアを経由する必要があり、そのエンジニアはやがて他のアカウントへ異動した。
Decagonに切り替えた後、同じ顧客は約1ヶ月でワークフローを7本構築したという。Decagonの製品は、非技術職を含む顧客側のスタッフが直接操作できるよう設計されており、変更のたびにエンジニアを挟まなくて済む構造になっている。
ただし、DecagonもFDEを抱えている。この点はピッチを複雑にする。同社は自社FDEによって約6週間でデプロイを完了させると説明しており、「最終的に顧客自身で運用できる状態を残す」ことが従来型FDEとの違いだと主張する。Decagonの年間経常収益は2025年10月時点で約3,500万ドル、エンタープライズ顧客数は100社超(Sacra調べ)。なおNewcomer誌の報道によれば、同社は創業から3年で年間収益1億ドル突破を目標として掲げている段階にある。
技術的な側面では、Decagonのワークロードの約**90%**はフロンティアモデル(GPT-4やClaudeなどの最新大規模モデル)ではなく、ファインチューニングされたオープンソースモデルで動いている。同社は、繰り返し性の高いカスタマーサービス用途ではオープンソースモデルの方が速く安上がりだと主張している。
Salesforceは別次元で同じ市場を戦っている
同じ市場ではSalesforceも独自の動きを見せている。AIエージェント製品「Agentforce」の年間経常収益は2027年度第1四半期に12億ドルに達し、前年比205%増を記録。2026年6月にはインタラクション管理ツール「Intercom」のAIエージェント事業「Fin」を約36億ドルで買収することを発表した。
ただし記事は、この数字をDecagonやSierraとの単純比較にはならないと指摘している。Salesforceの既存顧客基盤と営業インフラによる流通優位性は、両社には再現できないためだ。
本質的な問い:エンタープライズAIはセルフサービス化できるか
FDEが存在する理由は、現状のAIシステムが大企業内で動かすために多大なカスタマイズ・統合・監視を必要とするからだ。Decagonは「これは過渡期の状態であり、恒久的な市場構造ではない」と賭けている。
この問いには二つの側面がある。一つは製品設計の問題だ。抽象度の高いインターフェースと適切なガードレールがあれば、非技術職でもAIシステムを自律的に運用できるか。もう一つは組織変革の問題だ。大企業側が「エンジニアに頼らず自分たちで動かす」という運用モデルに実際に移行できるか。Decagonの主張が正しければ、セルフサービス化は収益構造の根本的な改善を意味する。ベンダーは実装チームを同じ速度で増員せずに収益を伸ばせるからだ。そうならなければ、FDEコストは顧客企業に転嫁され続け、エンタープライズAIの普及を緩やかに抑制する要因となりうる。この問いへの答えが、エンタープライズAIの労働経済を根本から変えるかどうかを決める。
詳細はEnterprise AI's Hottest Job Just Found Its Biggest Skepticを参照していただきたい。