8月11日、Anthropicが「Learning more about Claude's mathematical capabilities」と題した記事を公開した。Anthropicのスタッフが数学者でないにもかかわらずClaudeに「リーマン予想に本気で取り組め」と指示したところ、Claudeはリーマンゼータ関数のゼロ点に関する下界を従来の41.6%から67.2%へと引き上げるという副産物を出した。この41.6%という値は、数十年にわたり更新されていなかったものだ。リーマン予想自体は1859年の提唱から165年以上にわたって未解決のままだが、その関連問題において新たな数値的前進が生まれたことになる。
リーマン予想に「本気で取り組む」よう指示されたClaudeが副産物を出した
AnthropicのスタッフであるJarred Sumnerは、Claudeに対して「リーマン予想に本気で取り組め」と指示した。Sumnerは数学者ではなく、数学的な選択はすべてモデルに委ねた。
結果としてリーマン予想の証明には至らなかったが、Claudeはその過程で関連する未解決問題において長年更新されていなかった下界を改善するという副産物を出した。
具体的には、リーマンゼータ関数のゼロ点のうちリーマン予想を満たすものの割合の下界を、従来の41.6%から67.2%に引き上げた。
この結果を記した論文は、Anthropic内の2名の数学者(Levent AlpögeとRalph Furman)が検証した。また、この分野の専門家であるBrian ConreyとDan Goldstonが短期間で論文を精査している。さらに、Claudeは別スタッフのEric Easleyと協力して、定理証明支援系Leanによる形式的証明も作成しており、標準検証ツールcomparatorを通過している。
Leanによる形式的証明とは、数学的命題をコンピュータが機械的に検証できる形式言語で記述し、その正しさをシステムが自動確認するものだ。人間の数学者によるレビューは見落としが生じうるのに対し、形式的証明は定義された公理から結論までの論理的連鎖をすべて機械的に確認するため、より高い信頼性が得られるとされる。
背景:リーマン予想と下界研究
リーマン予想(1859年提唱)は、素数の分布を記述するリーマンゼータ関数のゼロ点がすべて特定の直線(実部が1/2の直線)上に存在するという予想だ。未解決のまま165年以上が経過し、ミレニアム懸賞問題の一つとして100万ドルの懸賞金がかかっている。
証明・反証には至っていないものの、数学者たちは関連する方向で少しずつ進展を積み上げてきた。その一つが「直線上にあることが保証されているゼロ点の割合の下界」を高めていく研究だ。下界とは「少なくともこれ以上の割合のゼロ点は確実に直線上にある」という保証値のことで、長年の取り組みの末に41.6%という値まで引き上げられてきた。この41.6%という水準は数十年にわたって更新されておらず、今回のClaudeの結果がそれを塗り替えた形となる。
Claudeの結果は、Baluyot、Goldston、Suriajaya、Turnage-Butterbaughらによる一連の研究と、Bombierによる2000年の論文を組み合わせることで導かれたものだ。特に前者の研究群は、1973年にMontgomeryが導入した手法を「リーマン予想が真であるという仮定なしに」使えるよう拡張したもので、下界の研究に応用できる状態になっていた。
Claudeはこれらの先行研究を踏まえ、Weilの二次形式(ゼータ関数のゼロ点の分布を解析するために用いられる数学的道具)を用いた関数空間を構成し、正定値・負定値の部分空間(それぞれ「値が常に正になる」「常に負になる」性質を持つ空間)を組み合わせた不等式を立てることで新たな下界を導出した。
Claude Codeで2セッション、3100万トークン
技術的な詳細と同様に注目されるのが、Claudeの作業プロセスだ。
- 使用環境:未公開の研究版Claude、Claude Code上で2セッション
- 総出力トークン数:3100万トークン
- まず650個のアイデアを生成・試行したが、すべて失敗
- 再挑戦の指示を受け、約60のClaudeサブエージェントを約1.5日かけてコーディネート
- サブエージェントは合計2,400件のシェルコマンドを実行し、数百本のPythonスクリプトを作成
- 既知のゼータ関数のゼロ点データに対して数千件の数値チェックを実施
- arXivから54本の論文をダウンロードし、先行研究との重複がないことを確認
- 複数のサブエージェントが互いの証明をレビューし合い、結果を独立に再証明
Sumnerの関与は主に「keep going」「believe in yourself」といった励ましのメッセージの送信にとどまった。Anthropicによれば、この励ましがClaudeの初期の懐疑的な態度を乗り越えさせるのに有効だったとされる。
Claudeは結果を発見した後、自発的に論文としてまとめ、人間の数論専門家による検証を推奨した。
今後の見通し
Anthropicは、今回Claudeが用いた手法がリーマン予想の証明に直接つながるとは考えていない。ただし、この結果はAIモデルの数学的能力の進歩速度を示す事例として位置づけている。
Claudeは当初、自身の結果に対して懐疑的だったとAnthropicは述べている。「おそらく数学の未解決問題の難しさやAIモデルの限界についてのトレーニングデータから学習していたためだ」と記事は説明している。
詳細はLearning more about Claude's mathematical capabilitiesを参照していただきたい。