8月9日、Matthias Bastianが「AI is flooding Britain's employment courts with lawsuits」と題した記事を公開した。AIが生成した訴状が英国の労働裁判所に大量流入し、案件の積み残しが深刻化している問題を詳報している。
件数39%増、未解決64,000件——英国労働裁判所がAI訴状に押しつぶされている
英国の労働裁判所で、暫定的救済申請(interim relief applications)の件数が100倍に急増した。労働者がChatGPTやGrokを使って弁護士費用を払わずに訴状を無料で作成するケースが急増しているためだ。なお、暫定的救済申請とは、解雇等の本案審理を待たずに一時的な地位の回復や賃金継続を求める申立であり、通常の訴状と比べて件数が限定的とされてきた手続きだ。
裁判所長官Barry ClarkeとSusan Walkerによる内部報告書に記載された数字は深刻だ。2026年3月までの1年間で申立件数が39%増加し、未解決案件の積み残しは55%増の64,000件に膨らんだ。AI生成の訴状の多くは数百ページに及び、架空の法律条文や非現実的な要求が詰め込まれている。
問題の構造はシンプルだ。弁護士を雇う費用を負担できない労働者にとって、AIは「タダで動く法律アシスタント」に見える。だが、AIは存在しない判例を自信満々に引用し(いわゆる「ハルシネーション」)、法的に成立しない主張を正式な書式で整えてしまう。結果として、真っ当な申立を持つ労働者が審理を待ち続け、雇用主は正当かどうか不明な訴状への対応コストを強いられる構造が生まれている。
新法がさらに火に油を注ぐ
状況はさらに悪化する可能性がある。労働党政権が導入した新たな雇用権利法(Employment Rights Act)は申立の根拠をおよそ25項目追加し、補償額の上限も撤廃した。The Economistはこの状況を「コモンズの悲劇、AI版」と表現している。コモンズの悲劇とは、共有資源(ここでは司法という公共インフラ)を個々人が合理的に利用した結果、全体として資源が枯渇・機能不全に陥る現象を指す概念だ。申立コストが実質ゼロになり、勝訴時の補償額に上限がなくなれば、低品質な申立のさらなる増加は避けがたい。
米国でも「連邦裁判所への実存的脅威」
英国固有の問題ではない。米国の連邦裁判所でも同様の危機が進行しており、ある連邦判事はAI生成訴状を「連邦裁判所への実存的脅威」と呼んだ。
一方、逆の事例もある。パキスタンの研究では、AIツールと研修を与えられた判事がより多くの案件をより速く処理し、投資1ドルあたり38〜50ドルのリターンをもたらしたと報告されている。AIが訴状を生成する側ではなく、審理を支援する側に回ったケースだ。
司法制度は本来、申立コストと審理コストのバランスで成り立っている。AIがその一方(申立コスト)だけを急激に引き下げた結果、制度全体が機能不全に陥りつつある。技術的には「誰でも法的主張を文書化できる」ことが実現したが、その先の処理体制がまったく追いついていない状態だ。
詳細はAI is flooding Britain's employment courts with lawsuitsを参照していただきたい。