8月9日、The Decoderが「Google Deepmind's WeatherNext predicts cyclone tracks and intensity at the same time」と題した記事を公開した。この記事では、Google DeepMindが開発した台風予測AIモデル「WeatherNext Cyclones(WN-C)」が、進路と強度を単一システムで同時予測し、従来モデルより約1日分の予警報リードタイムを上回る性能を達成したことについて詳しく紹介されている。
数十年来のトレードオフを解消
台風(熱帯低気圧)の予測には長年の制約があった。ECMWFのアンサンブルシステム(ENS)のようなグローバルモデルは進路予測に強いが、強度の分解能が粗い。一方、NOAAのHAFS(Hurricane Analysis and Forecast System)のような地域特化モデルは強度の精度が高いが進路精度が落ちる。WN-Cはこの二者択一を単一システムで解消した、というのが本モデルの核心だ。
Natureに掲載された論文によると、5日間予測での嵐の中心位置誤差は平均230km。ENSの370km、前世代モデルのGenCastの335kmを大きく下回る。3日間の強度予測では、HAFSより3.75ノット(約6.9km/h)精度が高い。
グローバルな大気状態を6時間ステップで進め、ハリケーン・ミルトンの進路を+96時間先まで追跡する。1,000回のシミュレーションから、34・50・64ノット各風速の確率マップを生成する。| 画像: Google DeepMind
ベンチマーク上では、ENSやGenCastと比べて進路・強度・風域の各誤差曲線が、どの指標でも約1日分低い水準で推移する。実運用上、「1日分の余裕」は避難準備や警報発令のタイミングに直結する。
粗いデータで高精度を実現
WN-Cが使うデータグリッドは1点あたり約28km。地域特化モデルと比べて解像度は大きく劣るが、それでも競争力のある予測精度を出せており、111km/点のコンパクト版でも同様だという。
論文の著者らは「高解像度は最先端の強度予測の厳密な前提条件ではない」と明記している。粗い気象データの中に、これまで想定以上の嵐強度情報が含まれていたことを示唆するが、なぜこの解像度でここまで精度が出るのかはまだ未解明の研究課題だ。
拡散モデルを捨て、FGNへ
WN-Cが採用したFunctional Generative Networks(FGN)は、画像生成AIで広く使われる拡散(Diffusion)モデルを置き換える手法だ。GenCastは予測ステップごとに神経網を数十回通す必要があったが、FGNはシングルパスで完了する。その結果、処理速度は8倍速くなった。
不確実性の扱い方も異なる。一般的な手法は個々のピクセルにノイズを加えるが、FGNはネットワークの制御層にノイズを注入する。これにより、単なる雑音バリアントではなく、物理的に整合性のある多様なシナリオが生成される。この構造上の違いが、後述する1,000アンサンブル実行を現実的なコストで可能にしている点でも重要だ。
学習データはECMWFの全球大気データ約20テラバイトと、約5,000例の過去台風データベースの2種類。位置・強度・風域などの表形式の台風データを気象データと同一の地理グリッドに投影することで、両者を統合学習させた。アブレーション実験では、この合同学習こそが精度向上の主因と示されている。
1ストームに1,000シナリオ
Googleの独自AIチップ(TPU)上では、15日間予測が1分未満で完了する。この速度のおかげで、DeepMindは並列実行数を50から1,000に拡張した。大規模アンサンブルにより、稀な極端現象の捕捉精度も向上し、Critical Success Index(正確な警報数と空振り・見逃しのバランスを評価する指標)は0.3未満から0.5に改善した。
WN-Cの青線は各指標でENS・GenCast・HAFSより約1日遅れて同水準の誤差に達する。つまり実質1日分の警報リードタイムが増える。| 画像: Google DeepMind
置き換えではなく、補完
DeepMindは「従来の数値気象モデルは依然として重要だ」と明言している。シミュレーション上では、米国立ハリケーンセンター(NHC)が使うコンセンサスモデル(進路:TVCN、強度:IVCN)にWN-Cを加重加算した場合、進路予測が平均**28%改善し、強度は約6%**改善した。強度の改善幅が小さい点は、従来モデルがこの領域でまだ大きく貢献している事実を示している。
実際の運用事例として、DeepMindは2025年のハリケーン・メリッサがジャマイカに上陸した際、WN-CがNHCによる嵐の急発達(24時間以内に風速が30ノット以上増加する現象)の時間内予測を支援したと報告している。なお本稿執筆時点(2026年8月)において同事例の独立した検証は困難であり、DeepMindの報告に依拠した記述であることをお断りしておく。
コードとモデルの重みはGitHubで公開済みだ。ミニ版はColabノートブック上でTPU1枚で動作確認できる。ライブ予測は2025年6月からGoogleのWeather Labで稼働中だ。
2024年末にDeepMindがリリースしたGenCastはECMWFのアンサンブルを初めて上回った確率的気象モデルだったが、WN-CはそのGenCastの拡散モデルをFGNに換装し、熱帯低気圧に特化させた後継にあたる。2005年から2025年にかけての20年間で従来モデルが段階的に縮小してきた位置・強度誤差を、WN-Cは一気に追い越している。
詳細はGoogle Deepmind's WeatherNext predicts cyclone tracks and intensity at the same timeを参照していただきたい。

