8月7日、Wiredが「DeepMind Says Its AI Can Predict Hurricanes Earlier Than Everyone Else」と題した記事を公開した。GoogleのDeepMindが開発したAI気象モデル「WeatherNext」がハリケーン予測の精度と予測リードタイムで従来モデルを上回ることを示した研究について詳しく紹介されている。
1日分のリードタイムを追加した、という意味の重さ
科学誌「Nature」に掲載された論文によると、WeatherNextは平均して既存モデルより1日早くサイクロンの予測を提供できる。言い換えれば、WeatherNextが3日後を予測した精度は、従来モデルが2日後を予測したときの精度に相当する。
米国国立ハリケーンセンター(NHC)のディレクター、Mike Brennan氏はこう語る。「避難の組織化、物資の手配、対応リソースの移動はどれも時間との勝負だ。予測精度を1日分押し広げられることは非常に価値が高い。」
研究者らは、従来のアプローチでこれだけの前倒しを達成するには10年単位の研究が必要だったと述べている。
ハリケーン予測の難しさ:「進路」と「強度」は別問題
ハリケーンの予測が難しいのは、異なる空間スケールの現象が絡み合うからだ。論文共著者でCooperative Institute for Research in the Atmosphere(大気研究協同研究所)の熱帯サイクロングループリードを務めるKate Musgrave氏はこう説明する。
- 進路(どこへ向かうか):寒冷前線の位置や卓越風など、地球規模のデータが必要
- 強度(どれほど強まるか):局所的な大気・海洋条件など、小スケールのデータが必要
「これはグローバルモデルでは得られない情報だ。従来のAIモデルは進路予測は得意だったが、強度予測はまったく歯が立たなかった」とMusgrave氏は言う。
WeatherNextはこの両方を同時にこなす。なお、DeepMindはWeatherNext以前にもGenCastと呼ばれるAIベースの気象予測モデルを発表しており、WeatherNextはその延長線上に位置する取り組みだ。モデルの設計思想は「気象全般とサイクロンの両方に対応できるよう訓練する」というものだ。サイクロンのデータそのものは少ないが、気象データは豊富にある。その豊富なデータで汎用的な気象理解を獲得させつつ、サイクロン予測にも対応させたという。
昨年のハリケーン・メリッサで実証
記事では具体的な事例が紹介されている。昨年(2025年)10月、カリブ海で発生した嵐「ハリケーン・メリッサ」だ。WeatherNextは上陸の5日前、嵐がまだカテゴリ1の段階で、カテゴリ5としてジャマイカを直撃すると80%の確信度で予測した。これはNHCがカテゴリ1の段階でカテゴリ5を予測できた初めてのケースとなった。
研究チームも当初は疑っていた。「遡及データでテストしたときの結果があまりに良すぎて、リアルタイムでも同じ精度が出るとは思っていなかった」とMusgrave氏は言う。だが実運用でも精度は維持された。「みんなが驚いた」と彼女は話す。
低解像度データで高精度を出す「ブラックボックス」
技術的に特筆すべき点がある。WeatherNextが使用する大気データの解像度は、従来の数値モデルが強度予測に必要とする解像度よりはるかに低い。にもかかわらず高精度を実現している。
なお、「従来の数値モデル」として気象予測の世界で長らく標準とされてきたのが、欧州中期予報センター(ECMWF)が運用する物理シミュレーションベースの予報モデルだ。ECMWFモデルは高い精度で知られる一方、膨大な計算資源を必要とする。WeatherNextはそうした従来型モデルとは根本的に異なるアプローチをとっている。
DeepMindのリサーチサイエンティスト、Ferran Alet氏はこう語る。「低解像度の入力データが、これまで考えられていた以上に多くのシグナルを持っていることを意味している。気象コミュニティに伝えたとき、衝撃を受けていた。」
モデルが低解像度データの何を手がかりにしているのか、研究者自身も分かっていない。「結局のところブラックボックスだ。しかしそれは、これまで理解されていなかった物理現象が存在するというシグナルでもある」とAlet氏は述べる。
また、WeatherNextは単一の予測ではなく1000通りのシナリオを生成する。いわゆる「バタフライ効果」——わずかな初期条件の違いが結果を大きく変えるリスク——を捉えるためだ。昨年は1嵐あたり50シナリオだったが、現在は1000まで拡張されている。「既存の数値モデルでは計算能力的に不可能な規模だ」とMusgrave氏は言う。
オープンソース化も発表
Google DeepMindは、ハリケーンシーズンに使用したWeatherNextモデルをオープンソースとして公開することも発表した。研究コミュニティが自由に利用・改良できるようにすることで、サイクロンのメカニズムに関する新たな知見の発見につなげる狙いがある。WeatherNextの詳細についてはGoogle DeepMindの公式サイトでも情報が公開されている。
ただし、NHCのBrennan氏は「どんなに良いモデルでも、次のシーズンや次の嵐で最善とは限らない」と慎重な見方も示す。「ハリケーンは進路や強度の予測だけではない。人々を死なせるのは"影響"であり、それを翻訳するのは専門家の仕事だ」と述べ、人間の判断の重要性を強調している。
詳細はDeepMind Says Its AI Can Predict Hurricanes Earlier Than Everyone Elseを参照していただきたい。