8月4日、Inside AIが「Anthropic Destroys Physical Books for AI Training, Court Documents Show」と題した記事を公開した。新たに開示された裁判文書により、Anthropicが大量の物理書籍を購入し、背表紙を切断・ページをバラして高速スキャナーにかけた後に廃棄する「破壊的スキャン(destructive scanning)」をAI学習データ収集目的で組織的に実施していたことが判明した。書籍は二度と元に戻らない。この手法の著作権上の位置づけはいまだグレーゾーンであり、出版・書店業界に静かな波紋を広げている。
書籍の背表紙を切断し、スキャンして廃棄
裁判文書で確認された手法は明快だ。Anthropicは組織的に大量の物理書籍を購入し、背表紙を切り離してページをバラした上で高速スキャナーにかける。OCR(光学文字認識)に適した高品質な画像データが得られる一方、書籍そのものは永久に失われる。
この手法は、Internet Archiveが書籍を分解せずに撮影する非破壊的手法で保存活動を行っているのとは対照的だ。破壊か否かを問わず書籍のデジタル化は法的に厳しい状況に置かれており、Internet Archiveが実施してきた非破壊スキャンによる「制限付きデジタル貸出」でさえ、2023年の判決で著作権侵害と認定されている。
オーストラリアや欧州の古書店では、仲介業者を通じた大量注文が相次いでいた。販売側は書籍がAI学習に使われることを知らされておらず、The GuardianやFortuneがその実態を報じた。この動きは、Anthropicが書籍のデジタルコーパス構築を目的に進めていた「Project Panama」の延長上にある。Project Panamaについては2026年1月にWashington Postが初報として報じており、今回の裁判文書はその具体的手法を裏付けるものとなった。
なぜ「物理書籍」なのか
ウェブ上のテキストデータは、生成AIが普及した現在、AI生成コンテンツが大量に混入しており、学習データとしての品質が低下している。これに対し、生成AI登場以前に出版された物理書籍は、人間が書いた純粋なテキストとして価値が高まっている。
書籍データ提供サービスを展開するISBNdbも、「pre-generative AI books」(生成AI以前の書籍)の希少性をAI企業向けに訴求している。出版社は商業電子書籍へのアクセスを厳しく管理しているため、クリーンなデジタル版を合法的に入手するルートは限られており、物理書籍の購入・破壊スキャンが「抜け道」として機能している構図だ。
著作権上の位置づけは「グレーゾーン」
本件の著作権上の評価を語る上で欠かせない論者の一人が、インド国立法科大学院(National Law School of India University)のArul George Scaria教授だ。元記事がScaria教授の見解を重視している背景には、インドが独自のフェアディーリング規定を持ち、AI学習データをめぐる著作権議論でアジア・グローバルサウス側の視点を代表する法学者として同教授が国際的な注目を集めていることがある。
Scaria教授は今回の手法を「ライセンス取得とシャドーライブラリ(海賊版データベース)の中間に位置する」と評した。
「物理的なコピーを購入してデジタル化し学習に用いることは、著者や出版社に対してより公正であるとして、多くのAI開発者が現在取っている中間的アプローチだ」
インド著作権法第52条のフェアディーリング規定が適用される可能性はあるが、Scaria教授は法律だけでは著者の不安に応えられないとし、AI生成コンテンツの義務的表示や、影響を受けるクリエイターへの基金設立といった法律以外の解決策の必要性を指摘した。
この問題は、2000年代にGoogleが大規模な書籍デジタル化を行い、長年の著作権訴訟に発展したGoogle Books訴訟(Authors Guild v. Google)を想起させる。ただし、ベルリンのフンボルト大学の客員教授Jannis Lennartzは、目的が根本的に異なると指摘する。Google Booksが書籍を「検索可能にする」ためのデジタル化だったのに対し、今回のAI企業の行為は書籍を「機械学習の原材料」として処理するものであり、デジタル化の経済的意味を変質させているという。
なお、Anthropicをめぐっては複数の著作権訴訟が進行中であり、今回の裁判文書はそうした訴訟手続きの中で開示されたものだ。原告側の詳細については元記事および関連報道を参照されたい。
書店はサプライチェーンの「最前線」に
仲介業者が買い手を隠すため、書店側は販売した書籍の最終的な用途を把握できない。稀覯本や絶版書への需要増加という形でサプライチェーン全体に影響が及んでおり、書店は「自分たちが売った本が破壊されている」現実を、事後的に知ることになる。
学習データへの需要が高まる中、文化的資産の保全、フェアユース、そしてAIモデル開発に伴う見えにくいコストという三つの問題が、同時に問われる構造になっている。
詳細はAnthropic Destroys Physical Books for AI Training, Court Documents Showを参照していただきたい。