8月1日、SciTechDailyが「AI Helps Crack an 87-Year-Old Math Conjecture With One Tiny Formula」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Claude」を活用して、1939年に提唱されたヤコビアン予想の反例が発見された。2026年時点で87年が経過した未解決問題の突破口が、Xの投稿1件に収まるほど短い式だったという事実は、AI支援による数学研究の可能性を改めて示している。
Xの1投稿に収まる式が、87年来の未解決問題を崩した
AnthropicのAIモデル「Claude」を使い、数学者Levent Alpögeがヤコビアン予想(Jacobian conjecture)の反例を発見した。その反例は、Xの投稿1件に収まるほど短い式だ。
ヤコビアン予想は、1939年にドイツの数学者Ott-Heinrich Kellerが提唱した代数幾何学の難問である。1998年にはフィールズ賞受賞者のStephen Smaleが「次世紀の数学的問題」リストに含めるほど重要視されてきた問題だ。提唱から2026年現在までの87年間、反例も完全な証明も得られていなかった。
なお、類似の問題は2次元の場合に限れば19世紀にさかのぼる議論があるが、本記事でいう「87年間未解決」はKellerが1939年に任意の次元へ一般化した形式の予想を指す。
ヤコビアン予想とは何か、そしてなぜ重要か
数学的な詳細を省いて説明する。
この予想は「多項式で作られた関数」を対象とする。空間上の点を別の点へ移す変換関数を考えたとき、ヤコビアン行列式(その関数が空間をどう変形させるかを示す指標)が常に0でない定数であるとき、逆変換もまた多項式で書けるはずだ、というのがこの予想の主張である。
逆変換が存在しないケースの典型例は、「複数の点が同一点へ写される」場合だ。一度まとめられた点はどちらがどちらか区別できなくなり、元に戻せない。
この問題が長年にわたり数学者を引きつけてきた背景には、代数幾何学の根幹に関わる構造的な問いであることがある。多項式写像の可逆性は、代数的な系の「情報が失われるかどうか」を決定する性質であり、自動定理証明や暗号理論における写像の設計とも接点を持つ。Smaleが「次世紀の問題」に挙げた理由の一つも、その広い波及性にある。
「反例は短いはず」という直感が正しかった
2017年のMath Stack Exchangeには、「われわれの知識の範囲では、頭の良い学部生がただ式を書くだけで反例になるかもしれない」という投稿が残っている。
実際、Alpögeの反例はまさにそういう代物だった。彼が見つけたのは3次元における多項式写像であり、ヤコビアン行列式が定数 -2 でありながら、複数の入力点を同一の出力点へ写す——つまり逆変換が存在しない——という関数だ。
これにより、2次元を超えるすべての次元でヤコビアン予想が偽であることが示された。なお、元々の2次元版は依然として未解決のままである。
反例が非常に短かったため、他の数学者が検証するのも容易だったという。
難しかったのは「構成」ではなく「探索」
ここが今回の発見の面白い点だ。
近年のAI支援による数学的成果としては、OpenAIによる単位距離予想の反証や、23歳のアマチュア数学者Liam Priceによるエルデシュ問題1196の証明などがある。これらは数学の異なる分野のアイデアをAIが組み合わせ、複雑な構成や長い証明を生み出した事例だ。
今回のAlpögeの成果は性質が異なる。反例そのものは単純であり、難しかったのは「いかに正しい性質を持つ多項式写像を見つけるか」という巨大な探索空間のナビゲーションだったと見られている。
つまりAIは、複雑な証明を構築するためだけでなく、人間が見落としやすい数学的対象を探索・発見する用途でも価値を発揮しうることを示した事例だ。
なお、AlpögeがClaudeをどのようにプロンプトして反例を導いたか、またモデルの出力がどのようなものだったかの詳細は、記事執筆時点では公開されていない。
詳細はAI Helps Crack an 87-Year-Old Math Conjecture With One Tiny Formulaを参照していただきたい。