7月31日、Casey Newtonが「This AI notetaker won't sell surveillance to your boss」と題した記事を公開した。AI議事録ツール「Granola」のCEO Chris Pedregalへのインタビューを通じ、企業からの監視要求を断り続ける設計思想、音声を保存しないプライバシー方針、そしてMCP経由のエージェント連携という現代的なテーマを掘り下げている。競合が7社以上存在する中で企業評価額15億ドル(元記事内で言及)に達したGranolaが、なぜ「売れる機能」を意図的に作らないのか——その問いへの答えがこのインタビューの核心にある。
「上司には渡さない」という設計思想
AIミーティングノートツールが乱立する中、Granolaは企業向け監視ツールになることを明確に拒否している。
CEOのChris Pedregalによれば、企業のCEOから「従業員全員のトランスクリプトにアクセスしたい」という要求が定期的に届くという。Granolaはこれを断り続けている。Pedregalはその理由をこう述べた。
「権力を持つ人間が、そのコンテキストを使って判断を下せるような裏口を作ることは、私には正しいとは思えない。それは私たちが目指す未来ではない。」
Granolaのノートはデフォルトでユーザー本人のみがアクセスできる設定になっている。この方針について、Pedregalは「companies hate us for this(企業には嫌われている)」と語った。短期的な収益を犠牲にしてでも個人側に立つという判断は、プロダクトの根幹に関わる経営的選択でもある。
「invisible」設計の意図と、その代償
Granolaが競合の多くと異なる点として、会議にボット参加者を追加しない設計がある。ユーザーのコンピューター上のシステムオーディオをキャプチャする方式を採用しており、相手側には録音していることが見えない。
この設計の本来の目的は「隠す」ことではなかったとPedregalは説明する。Slack huddle、Zoom、対面会議を問わず「Startを押せば必ず動く」という信頼性を確保するために、システムオーディオ取得が唯一の選択肢だったという。
しかし、相手に知らせる手段がないという問題が残る。ZoomやGoogle Meetはサードパーティが同意確認APIを呼び出す仕組みを提供していないため、Granolaはバーチャルカメラによってビデオフィードにウォーターマークを注入するという「かなり無茶な(kind of nuts)」実装を施した。これはGranolaが仮想カメラデバイスとしてOSに登録されることで、実際のカメラ映像に「録音中」などの表示を重ね合わせてZoomやMeet側に送出する仕組みだ。プラットフォームが公式APIを提供していない以上、現状ではこれが事実上唯一の通知手段となっている。
Pedregalはこの問題について将来の見通しも示した。
「仕事の会議では、デフォルトでトランスクリプトされているという前提になり、『録音しないでくれ』と頼む世界になると思う。プライベートな場では逆のままであってほしいが。」
音声を保存しない、そしてトランスクリプト削除も検討中
プライバシー設計として、Granolaは音声データを一切保存しない方針を当初から採用している。技術的には音声も動画も取得できる立場にあるが、「メモ帳のような存在でありたい」という意図からあえて保存しない設計を選んだ。
さらに現在、一定期間後にテキストトランスクリプトを自動削除する仕組みを研究中だという。ただし、そのまま削除するのではなく、会話の内容を「濃縮された知識(concentrate)」として圧縮保存することを模索している。3年前の会議の逐語録は必要なくても、その会議の内容について後日AIと対話できる状態は維持したい、という発想だ。
また、AIエージェント(外部ツールと連携して自律的にタスクをこなすプログラム)向けには「enhanced transcripts」のプロトタイプも開発中で、MCP(Model Context Protocol)コネクター経由でGranolaのコンテキストを外部エージェントに提供できるようにする計画がある。MCPはAnthropicが策定したオープン標準で、AIエージェントが外部データソースやツールと標準化された形式でやり取りするためのプロトコルだ。
MCPが最速成長、でもコンテキスト活用はまだ過渡期
Pedregalが「現在最も成長の速いチャート」として挙げたのがMCP経由のエージェント利用だ。人間はノートを振り返ることが少なくても、AIエージェントはより頻繁に過去の会議コンテキストを参照するため、トランスクリプトの価値が高まっているという。
一方で、現状の課題も率直に認める。長期間Granolaを使い続けると蓄積される膨大なコンテキストは、現在のAIツールには「20件の関連会議を参照する程度」のやや粗い検索しかできていない。Pedregalはこれを「アップルジュースを濃縮還元にする」と表現し、ユーザー固有の文脈を事前に圧縮・構造化して各ツールに渡す形が理想だと述べた。
ミーティング前に相手の情報をまとめる「pre-meeting briefs」機能もすでにリリース済みで、AIネイティブなユーザーが自分でClaudeやCursorに組んでいたワークフローを、プロダクトとして提供したものだという。Pedregalはこうした機能展開について、「ユーザーが自力でやっていることを観察し、それをプロダクトに組み込んでいく」というアプローチを一貫して取っていると説明した。
「トランスクリプトは、この時代のワープロだ」
競合が7つ以上存在することへの危機感を問われたPedregalの回答は、悠長にも聞こえるが一貫した視点を持っている。
「私たちは、この新しい技術革命の5%のところにいる。トランスクリプションはこの時代のワープロに過ぎない。スプレッドシートはまだ出ていない。GUIもまだない。」
この発言はGranolaの競争戦略を端的に示している。現在の競合との比較ではなく、まだ形すら見えていない「次のレイヤー」を先に取りに行くという宣言だ。現在の議事録機能はその入口に過ぎず、蓄積されたコンテキストをいかに構造化・活用するかが本当の競争になる、という読みである。
従業員数は現在約80人で、120人程度を上限と見ている。雇用破壊への懸念についてPedregalは懐疑的で、「コンピューターが出た時も余暇が増えると思われていたが、逆になった」と述べた。
記事の筆者Casey Newtonは、このGranolaの構想を「Slack」の原点と重ねている。Slackの社名はもともと「Searchable Log of All Conversation and Knowledge」の頭文字だったが、Granolaが構築しているのはまさにそれに近いログだ。ただし、MCP経由でOpenAIやAnthropicのエージェントにそのコンテキストを渡すことで、最終的な「インターフェースの主導権」をプラットフォーム側に奪われるリスクも孕んでいる。
詳細はThis AI notetaker won't sell surveillance to your bossを参照していただきたい。