8月1日、Scientific Americanが「AI helped produce two proofs for the same cryptography problem」と題した記事を公開した。OpenAIの最新モデルが量子暗号理論における未解決問題の証明に貢献し、独立した2つの研究グループがほぼ同時に同一の結論に達したという出来事を詳報している。
同じAIが、同じ問題に、別々に向き合った
7月最終週、MIT博士課程学生のSeyoon RagavanはUC Santa Barbaraの博士課程学生・Yao-Ting Linに量子暗号の新しい証明を送った。しかしLinはすぐに確認できなかった。指導教員であるUCSBのPrabhanjan Ananth教授と会議中で、まったく同じ命題の別の証明について議論していたからだ。
Linはその日のうちにRagavanへ返信した。「私たちは本当に奇妙な時代に生きている」
同日、2つのpreprint論文がarXivに投稿された。Ragavanの論文と、AnanthおよびUCLAのAmit Sahai教授による論文。双方が、証明の核心となるアイデアの発見にOpenAIの最新モデルが貢献したと明示している。
なお元記事および両論文が言及するモデル名については、現時点での公式表記を確認した上で引用している。2つのグループは同月初旬にUC BerkeleyのSimons Institute for the Theory of Computingで同じ未解決問題を聞き、それぞれ独立して同じモデルに取り組んだ結果、投稿時刻はわずか3時間18分差だった。
「クローン不可能暗号」とは何か
両論文が扱うのはunclonable encryption(クローン不可能暗号)と呼ばれる量子暗号の一分野だ。量子情報には「未知の量子状態を完全にコピーできない」という性質(量子複製不可能定理)があり、これを利用して「受け取ったメッセージを2つの使用可能な形に分割できない」暗号を構成する。
この分野のモダンなフレームワークはオタワ大学のAnne Broadbent教授が2019年に整備した。従来の手法は非効率だったり特定の安全性仮定を必要としたりしていた。今回の2論文は、追加の仮定なしに効率的な実装が存在することを示したと主張している。ただし、いずれも未査読の段階だ。
2つの異なるワークフロー
Ragavanは対話型のアプローチを取った。OpenAIのモデルは複数のAIエージェントを並列で動かす構成を持つとされており、Ragavanはそのシステムを2時間ごとに区切って動かし、進捗を確認しながら都度方向修正を行った。数ラウンドを経てAIが証明の骨格と粗稿を出力し、Ragavanがそれを整理した。
AnanthとSahaiは異なる手段を使った。対話ではなく、AIが候補解を自律的に提案・批判するサイクルを回すシステムを介した。論文では「モデルが構成と主要な証明アイデアを生成し、研究者がそれを精査・検証した」と明記されており、内容の責任は研究者側が負うとしている。
いずれのケースも、AIが最終的な証明を単独で「解いた」わけではない。研究者が問題を設定し、AIの出力を評価・修正し、論文として仕上げるという過程全体を主導している。AIはその過程における重要な補助として機能した、というのが実態に近い。
「先にやられた」構成の問題
論文公開直前、Ananth自身が別の問題に気づいた。AIが最初に提案した構成が、Broadbentら別グループが今年初めに発表した論文とほぼ同一だったのだ。最終的な貢献は、その構成が研究者たちが求めていたより強い安全性を満たすことの証明にあるとして論文をまとめ直した。
Broadbentはこの経緯について「振り返れば調べるべき明白な候補だった。文献もある、予想もある、スキームもある。銀の皿に乗せて渡したような気分だ」とコメントしている。
「独立発見」の意味が変わる
今回の出来事が示す最大の問いは、AIが媒介する場合、「独立した発見」とは何かという点だ。
同じモデルが同じ問題を与えられれば、似た結果がほぼ同時に出てくる。Ananth自身、「このモデルで解けるなら、誰でもアクセスできる。被ることは想定していた」と述べている。研究者が同じ結果に向かって競走すること自体は珍しくない。だが同じAIが両陣営を同時にゴールへ連れていくという状況は、これが初めてとされる。
もう一つ、Broadbentが指摘した懸念は構造的な問題をはらんでいる。AIが担った「候補構成を探索し、証明の粗稿を生成する」という作業は、通常なら大学院生に任せるような種類の仕事だという点だ。博士課程の学生は、試行錯誤の中で証明の作り方を体得する。その経験を積む機会そのものがAIに代替されていくとすれば、次世代の研究者がどのようにして技術を身につけるのかという問いが生じる。「持てる者と持たざる者の問題を強く感じる」と彼女は言う。
Ananth自身も「自分が学生を終えていてよかった。今の学生たちが心配だ」と漏らした。一方で当事者であるRagavan(博士課程3年)は、不安を認めながらも「2ヶ月前と今では研究の進め方がまったく違う。感情は複雑だが、適応するしかない」と述べている。トップレベルの研究現場でさえ、AIとの協働スタイルを手探りで構築している段階にあることが、この一連の出来事から透けて見える。
詳細はAI helped produce two proofs for the same cryptography problemを参照していただきたい。