7月25日、The Guardianが「The AI jobs apocalypse probably isn't coming anytime soon」と題した記事を公開した。AIによる雇用消滅の脅威が実際のデータに照らしてどこまで現実的かを検証した内容で、業界リーダーたちの発言と統計の乖離が鮮明に浮かび上がる。
AIが雇用を破壊していない、というデータ
AIによる大量失業を声高に語ってきたのが、Anthropicの共同創業者Dario Amodeiだ。昨年5月には「1〜5年以内にエントリーレベルの職の半数が消える」と発言し、今年1月には「AIは人間の汎用労働代替になる」とも述べていた。
ところが、そのAnthropicが2026年3月に公開した自社分析レポートは、真逆の現実を示している。
「2022年末以降、AIに高度に晒されている職種の失業率に系統的な上昇は見られない」
さらにレポートでは、自社AI「Claude」がコンピューター・数学カテゴリのタスクをカバーしているのは**わずか33%**であり、理論上は100%近くを代替できるはずなのに、実際の展開は「実現可能な水準の一部に過ぎない」と認めている。
OpenAIのSam Altmanも今年5月、「我々の業界の一部が語るような雇用の終末は来ないと思う」と発言を翻した。MITの経済学者David Autorも「世界が皆の予測ほど速く変化していないことに、多くの人が気づいている」と述べている。
「Oリング論法」が示す人間の仕事の根強さ
今、経済学者の間で注目されている分析枠組みが「Oリング論法」だ。名称の由来は1986年のスペースシャトル・チャレンジャー爆発事故で、数百億ドルの機体が安価なゴム製Oリング1個の不具合で失われたという事実に基づく。複雑なシステムの全体的な成果は、最も弱い部品によって規定されるという論理を、経済学者Michael Kremerが1993年に労働市場の分析へ応用した枠組みである。
AIと雇用に当てはめると、「AIが全タスクを完璧にこなせない限り、AIが代替できない残りのタスクの価値は上がる」という示唆になる。どのタスクをAIが引き受けるかによって、高スキル労働者の生産性が上がる場合も、低スキル労働者の機会が広がる場合もある。
ある最近の研究はこう述べている。
「タスクレベルでは強い代替が起きていても、全体的な雇用への影響は軽微だ。AIを導入した企業での生産性向上による労働需要の増加が、AIに晒された職種での需要減を相殺している」
「まだ序盤」という反論と、それでも漂う不確実性
楽観論者たちの反論もある。労働経済学者のJed Kolkoが指摘するように(※ブルッキングス研究所掲載記事)、AIが労働市場に与える影響の研究は「まだ1回の表」だ。Amodeiが示した「1〜5年」の窓にはあと4年近く残っており、6年目に激変が訪れる可能性は排除できない。
ノーベル経済学賞受賞者のDaron Acemogluは「内部の人間は相変わらず強気で、AGI(汎用人工知能)が目前だと信じている」と語る。David Autorも「ストキャスティック・パロット(※)への懐疑論は過去のものになった」とAIの進歩を認める。
※「ストキャスティック・パロット」:大規模言語モデルが言語の意味を理解せず統計的にテキストを生成しているに過ぎないという批判的概念。Emily Benderらが2021年に提唱した。
1990年代初頭、ノーベル経済学賞受賞者のRobert Solowは「コンピューター時代はあらゆる場所で見えるのに、生産性統計には現れない」と皮肉った(いわゆる「生産性パラドックス」)。その後、企業がコンピューターを中心に業務を再編してから10年ほどで、コンピューターの恩恵は統計に現れるようになった。AIも同じ軌跡を辿る可能性は否定できない。
コストと政治:雇用問題の外側にある障壁
仮にAIが人間の仕事を代替できるとしても、その経済的・社会的コストが社会の許容範囲を超えるという指摘が浮上している。これは雇用消滅の議論とは独立した、しかしAI普及シナリオ全体を左右しうる問題だ。
国際エネルギー機関(IEA)の試算では、データセンターの電力需要は2030年までに約945テラワット時に倍増し、日本の総エネルギー消費を上回る見込みだ。GDPの20〜40%をデータセンター投資に充てる方向に向かうという試算もある。
また、新モデルが数ヶ月前のモデルを陳腐化させるスピードで、AI投資は急速に減価償却される。Acemogluは「AIモデルを開発している企業は利益を出せない。毎年数千億ドルの損失を出し続けている」と断じる。
政治環境も冷え込んでいる。ギャラップの調査ではアメリカ人の7割が自分の地域へのデータセンター建設に反対しており、エネルギーコストの上昇や地域社会への影響への不安が背景にある。
雇用・コスト・政治という三つの障壁が重なる中、記事はこう締めくくっている。「人工知能が、社会が払える代価で約束を果たせるかどうか、それは未だ問われたままだ」と。Anthropic自身のデータが「まだ大した変化は起きていない」と示す現時点では、業界の認識が本当に変わりつつあるのか、それとも別の思惑が働いているのかは、引き続き注視が必要だろう。
詳細はThe AI jobs apocalypse probably isn't coming anytime soonを参照していただきたい。