7月23日、louwrentius.comが「I think you might be fooling yourself with AI」と題した記事を公開した。AIによる生産性向上という「実感」が実は自己欺瞞である可能性を、複数の研究・事例・経済的根拠から論じた内容だ。
AIを使って開発すると「なんか速い」「できる気がする」という感覚が生まれる。だがその感覚は、どうやって検証するのか。著者はこの問いを軸に、「AIは生産性を上げる」という広く共有された前提を解体していく。
実験では「速くなった感覚」と「実際の速度」が逆転していた
2025年に公開された研究(arxiv: 2507.09089)は、その問いに真正面から答えを出した。AI支援で開発したエンジニアたちは「タスクが速く終わった」と感じていたにもかかわらず、実際の計測では約19%遅かったという結果が記録されている。
この乖離の原因はシンプルだ。「AI無しで同じタスクをやり直す」ことは物理的にできない。比較対象がない状態で「速かった」と言っても、それは感想でしかない。二重盲検試験が科学的手法として採用されている理由も、まさにこのバイアスを排除するためだ。人間は自分の期待に沿った結果を「正しい」と感じやすく、AI利用における「体感」もそこから逃れられない。
なお、この記事の著者は自身をAI懐疑派だと明言しており、Ed ZitronによるAI批判的な分析に影響を受けたと開示している。主張の前提として頭に置いておきたい情報だ。
「AIで人員削減できた=生産性向上の証拠」は成立しない
AI生産性への信頼を支えるもう一つの論拠として、「AIで人員削減できているのだから、AIは機能している」という議論がある。だが著者はこれを否定する。実態は、コロナ禍以降の採用過多期の調整と、不振な経済状況が重なったものだという見立てだ。さらに一部の企業は、まだ機能するかどうかも不明なAI技術への投資資金を捻出するために人員を削減しているという報道も存在する。「乗り遅れへの恐怖(FOMO)」に駆られた経営判断であり、AIが人間の業務を代替できる証拠ではないという立場だ。
今の価格は補助金で成立している
仮にAIで生産性が上がっているとしても、それは現在の価格体系が前提の話だ。
TechSpotの報道によると、ChatGPTの月額200ドルプランは、ユーザーが利用可能容量の11%以上を使い始めると赤字になるという。仮に100%使い切ればAPI換算で1万4000ドル相当になる計算だ。
現状はベンダーが大規模な補助を行うことで成立しているモデルであり、その補助がなくなれば価格は大幅に上昇する可能性が高い。月200ドルで感じている「生産性」が、月2000ドルでも同じ評価になるかどうかは、まったく別の問いだ。
著者が「使わない」と決めた理由
著者は生産性の問題とは別に、AIを使わないことを道徳的・倫理的な判断と位置付けている。その根拠として挙げているのが以下の点だ:
- 気候変動の文脈でのエネルギー消費
- データセンターが貧困地域に与える社会的影響
- 著作権・知的財産の大規模な無断利用
- AIが生成する粗悪・画一的なコンテンツ(いわゆる「AI slop」)がウェブを埋め尽くす現象
- GPUメモリの大規模囲い込みによるハードウェア価格インフレへの寄与
「ツールの便益と外部不経済は切り離せない」という立場であり、生産性議論に先立って、そもそも使うかどうかを問い直すべきだとしている。
AI生産性議論はいま「感覚」と「データ」の間で大きく揺れている。冒頭の研究が示すように、自分がAIで本当に速くなっているかを検証する手段は、ほとんどの人には存在しない。この記事が提起するのは「AIは使うな」という結論ではなく、「自分の体感を過信するな」という、より根本的な問いだ。
詳細はI think you might be fooling yourself with AIを参照していただきたい。