7月21日、MIT Technology Reviewが「China's AI models have Trump's AI world at war with itself」と題した記事を公開した。中国発の無償オープンソースAIモデルの台頭が、トランプ政権内のAI戦略を巡る深刻な対立を激化させている実態を報じている。
その象徴的な出来事が、現役の国防総省高官が元ホワイトハウス顧問を「最高の村の愚か者(village idiot)」と公開の場で名指し批判するという異例の騒動だ。火種となったのは、中国のAI企業Moonshotが先週リリースしたオープンソースモデル「Kimi」である。
無料で高性能な中国製AIが米国内部の亀裂を露わにした
Moonshotは中国で急成長するAIスタートアップのひとつで、検索・対話型AIサービスを手がけ、評価額は数十億ドル規模とされる。同社が新たにリリースしたKimiは無償で利用可能であり、その性能はOpenAIやAnthropicのモデルに匹敵するとされる。有償モデルを擁するこれら米国企業にとって、強力な無料代替品の存在は収益モデルへの直接的な脅威だ。
米国株市場もすでに反応しており、Kimiのリリース前後でAI関連株が動揺を見せた。Carnegie Endowmentのフェロー、Anton Leichtは「AI楽観論が経済成長を牽引しているトランプ政権にとって、経済的な悪材料となる脅威だ」とXに投稿している。
トランプ陣営内で公開批判の応酬が勃発
Kimiへの対応を巡り、トランプの現・元顧問たちが互いを公開批判するという異例の事態が起きた。構図としては、主にEmil MichaelがDean Ballを激しく批判する形で展開された。
元ホワイトハウス顧問でOpenAIに転じたDean Ballは、現在進行中のホワイトハウスの審査プロセスを「フロンティアAIに対する事実上のライセンス制度だ」と批判。政府が米国企業に対しKimiのような中国モデルの使用を「暗黙の圧力」で抑制する可能性を示唆した。これに対し、国防総省高官のEmil Michaelが「ディープステートの陰謀ではなく民主的プロセスを通じるべきだ」と反論し、Ballを「village idiot」と名指ししたのだ。
3月までトランプ政権のAI・暗号資産「ツァー(czar)」を務めたDavid Sacksも、AnthropicのモデルをXで「ロボトミー化されている」「ウォーク(woke)だ」と批判するなど、政権周辺での舌戦は広がりを見せている。
対立の構図はこうだ。
- オープン派(Sacks・Ball寄り):オープンAIを支持し、米国企業が「政府にオープンソース競合を排除させようとしている」と批判。中国モデルが普及した理由の一つは、利用制限が少ない(ただし国家による検閲は内蔵されている)ためだとも主張する。
- 規制派(Michael・Pentagon寄り):AIモデルが国家安全保障上の脅威となりうる水準に達した以上、政府がリリース前に安全審査を行う必要があるという立場。現政権内での主流となりつつある。
なお、Sacksはすでに正式な顧問職を離れており、彼の「オープンAI推進」路線は政権内では少数派になりつつある。Dean Ballについては、ホワイトハウス在任中にAI政策の立案に関わった後、OpenAIの「戦略的未来担当責任者」に転じた経緯があり、今回の批判はその立場を踏まえたものと見られている。
Kimiはどうやって作られたのか
政策論争の陰で見落とされているのが、Kimiがなぜそこまで高性能になれたのかという問いだ。
バイデン政権以来、中国への先端半導体の輸出規制が続いてきた。しかしトランプは物議を醸しながらもNvidiaがさらなるチップをChinaへ販売することを許可する決定を下している(その代わり米政府が利益の一部を得る取り決め付き)。さらに一部のチップ密輸も行われたと当局は主張しており、中国が使えるコンピューティングリソースの全容は不明だ。
有力視されているのが「蒸留(distillation)」と呼ばれる手法だ。これは既存の高性能AIモデルの出力を使って新たなモデルを訓練する技術で、元モデルに匹敵する性能を低コストで実現できる。OpenAIとAnthropicは中国AI企業によるこの手法の悪用を長らく問題視しており、4月にはトランプ政権がこれを規制する取り組みを発表している。
「警鐘」だが、何に向けた警鐘なのかが決まらない
問題の核心はここにある。Kimiは現在、無償で公開されている。そして米国政府が「国家安全保障上の脅威」として一時的に利用を停止させたAnthropicモデルをめぐる騒動の記憶も新しいなか、Kimiは「そのAnthropicモデルにほぼ匹敵する」性能を持つとされる。
政権中枢の多くがKimiを「警鐘」と受け取っていることは今回の騒動から明らかだ。だが何に備えるべきかについては、誰も合意できていない。輸出規制の強化か、国内モデルへの誘導か、政府による審査制度の導入か。元記事でMIT Technology Reviewは、各陣営の主張がAI産業の保護・言論の自由・国家安全保障の三者を複雑に絡ませており、政権として一貫した政策方針を打ち出せない構造的な理由になっていると指摘している。中国製モデルの無償公開という既成事実を前に、米国内の議論は方向性を定めないまま激しさだけが増している。
詳細はChina's AI models have Trump's AI world at war with itselfを参照していただきたい。