7月20日、Micro.blogの共同創業者でありエンジニア・著述家として知られるBen Werdmüllerが「American AI is locked down and proprietary. It's losing.」と題した記事を公開した。「閉鎖的」といえば中国というのが一般的なイメージだが、AI技術の公開という観点では、むしろアメリカ企業のほうがクローズドだ——この逆説的な構図から、AI覇権競争の本質を読み解いた論考である。
記事が描くのは、技術力の勝負でも規制の話でもなく、構造的なインセンティブのズレだ。アメリカ企業は短期収益を優先してモデルを囲い込み、中国企業はモデルの重みを公開することでエコシステムを広げる。そのどちらが「勝ちやすい戦略か」という問いに、データと市場動向が答えを出しつつある。
AIモデル自体に「堀(moat)」はない
記事の核心にある主張はシンプルだ。AIモデルそのものには実質的な競争優位(moat=他社が簡単に模倣・侵食できない参入障壁)が存在しない。
ChatGPTを使っているユーザーが明日Claudeに乗り換えても、ワークフローへの影響はほぼゼロだ。エンジニアにとってはさらに顕著で、API経由でモデルを呼び出している場合、エンドポイントのURLを差し替えるだけで別ベンダーへ切り替えられる。同じプロンプトがそのまま使える。
ユーザーを引き留めているのはブランドロイヤルティと表面的な乗り換えコストだけであり、本当の競争優位はモデルの周辺——エンタープライズ向け契約、既存システムとの連携、業務文脈での使い勝手——にある。この前提を踏まえると、なぜ中国の戦略が機能するのかが見えてくる。
なぜ中国の「オープンウェイト戦略」が刺さるのか
アメリカ政府はGPUの輸出規制を課しており、中国企業はOpenAIやAnthropicのようなグローバル規模の集中型サービスを展開しにくい状況にある。ところが、これが逆に中国に有利な方向へ働いている。
中国企業が選んだ戦略は、モデルの重み(weights)を公開するオープンウェイトだ。オープンウェイトはコードも含めて公開するOSS(オープンソースソフトウェア)とは厳密には異なるが、「ポータブルで利用に許諾が不要」という点では同様の効果を持つ。自社サーバーでホストでき、改変でき、ユースケースに合わせてチューニングできる——かつてオープン技術がインフラ採用で閉鎖型を駆逐してきたのと同じロジックだ。
代表例はDeepSeekとAlibabaのQwenシリーズだ。どちらも商用利用可能な形でモデルの重みを公開しており、特にDeepSeekは2025年初頭に欧米のAIコミュニティに衝撃を与えた。この戦略がもたらす効果は三つある:
- コンピュートの劣勢を流通の優位に転換する
- アメリカ企業が収益を上げているレイヤー(モデルAPI)をコモディティ化する
- 製造から科学研究まで、中国国内の各産業が自由に組み込める生態系を生み出す
「フロンティアはアメリカが上」という最後の砦が崩れつつある
これまでアメリカ勢の拠り所は「最高性能モデルは自分たちだ」という点だった。しかしThe Vergeの報道によれば、MoonshotとAlibabaがOpenAI・Anthropicと互角と主張するモデルを大幅なコスト削減とともに発表した。
「この矢継ぎ早のリリースは、AIが国家安全保障・経済力・地政学的影響力の核心に位置づけられつつある今まさに、アメリカのフロンティアリードが急速に縮まっていることを示唆している」(The Verge)
性能差が埋まる前から、この戦略は既に機能していた。a16zのパートナーMartin Casadoはエコノミスト誌で、スタートアップの80%が中国製モデルを使っている可能性があると指摘している。
「閉鎖的なのはどちらか」という逆説
記事が最も鋭く突くのはこの逆説だ。中国は社会的に閉鎖的な国として認識されている。実際、天安門事件についてこれらのモデルに問いかけると、中国政府の視点を反映した回答が返ってくるという問題も指摘されており(RFAの分析)、政治的バイアスの懸念は無視できない。
しかし技術の公開という観点では、クローズドなのはアメリカ企業のほうだ。かつてアメリカ政府がオープンインターネットを推進し、世界の標準インフラを構築した戦略とは真逆の姿勢である。
構造的なインセンティブが変わらない限り、規制は解決にならない
なぜアメリカ企業はオープン戦略を取れないのか。答えは単純で、短期的な利益を追わざるを得ない構造にあるからだ。エコシステム全体へのベネフィットより、四半期ごとの収益が優先される。政府はその穴を輸出規制という強制措置で塞ごうとしているが、それは根本的な解決にならない。
記事はAI支出がアメリカ経済全体に与えている影響の大きさにも触れ、この構造が崩れた場合の経済的ダメージを懸念する。publicai.network(公共的なAI基盤の構築を目指す取り組み)、フェデレーテッドサービス、オープンリサーチといった動きには勢いがあるが、より踏み込んだ政策的支援が必要だと主張する。
技術覇権を競うAI競争において、「オープンかクローズドか」という問いが、これほどまでに地政学と絡み合って問われる時代になった。
詳細はAmerican AI is locked down and proprietary. It's losing.を参照していただきたい。