7月19日、Sam Sutchが「I am uninstalling AI coding assistants from my personal computer」と題した記事を公開した。5ヶ月間AIコーディングアシスタントを使い続けた末に、個人PCからアンインストールすることを決めた理由を綴った記事だ。
月200ドルで「コードを書かなくなった」日々
元Coinbaseエンジニアのサム・サッチは、退職後に個人プロジェクト「Roam」の開発に着手した。Roamはオフロード探索に特化したソーシャルネットワークで、車でのアクティビティを記録する、いわばStrava的なサービスだ。2月から6月下旬まで、ほぼ毎日AIの支援を受けながらコードを書き続けた。
転機はClaude Codeのベータ公開だった。Sutchはその体験を「人生で初めてクラックコカインを見つけたような感覚」と表現している。頭の中でイメージした機能が目の前で高速に実体化していく——いわゆる「バイブコーディング」の快感だ。バイブコーディングとは、AIとの対話で直感的にコードを生成していく開発スタイルで、2025年初頭にAI研究者のAndrej Karpathyが提唱して広まった概念だ。Claude Codeのような強力なエージェント型ツールの登場により、2026年現在もその是非をめぐる議論は続いている。
しかし数ヶ月後、Sutchは一つの事実に気づいた。自分が何週間も1行もコードを書いていないということに。月額200ドルを払えば、ターミナル上でClaude Codeが疲れを知らずにコードを生成し続ける。エディタを開かない日が続いても、差分を確認してフィードバックを返すだけで開発が進んでいく。外から見れば順調そのものだった。スタートアップを自分のペースで、好きなドメインで、驚くほどのスピードで進められている——そのはずだった。
「コーディングは表現だった」という気づき
内側では強い空虚感が積み上がっていた。
Sutchはコーディングを単なる仕事ではなく、自分の内的世界の表現——アートだと考えてきた。好奇心、問題解決への愛着、クラフトへの敬意がコードという形で出てくる。ティーンエイジャーの頃、初めてオンラインで友人ができたのもコーディングがきっかけだったという。
彼はこう問いかける。「AIで作ったものに、自分がほとんど関与していないなら、それをアートと呼べるか」。AIツールで急速にプロダクトを生み出す快感はバブルだった。そのバブルが弾けた後に残ったのは、達成感ではなく虚無だった。
結論:個人プロジェクトはゼロに戻す
Sutchの結論はシンプルだ。Claude CodeをはじめとするAIコーディングアシスタントを個人PCからアンインストールする。
ただし、完全拒否ではない。仕事では使い続ける。「適応するか死ぬか」——業界のトレンドを否定はしない。だが、Roam、OSSプロジェクト、個人スクリプトといった個人プロジェクトは手で書く。
脳から指へ、そしてコンパイラへ。テストして、デバッグして、繰り返す。
この一文が、Sutchにとっての「コーディングとは何か」の答えだ。
エンジニアコミュニティの反応
バイブコーディングへの反動は2026年に入り徐々に可視化されており、Sutchの記事はその典型的な声といえる。Hacker Newsでは「AIによる高速開発」と「エンジニアとしての充足感」のトレードオフについて繰り返し議論が起きており、似たような感覚を持つエンジニアは少なくない。
肯定的な声としては「生産性は本物だが、空虚感も本物。自分らしさを取り戻すためにAI禁止の時間を設けるようにした」といったものがある。一方で「大工が個人の作業では釘打ち機を使わないというようなもので、哲学に見せかけたノスタルジアだ」という反論も出ている。
「AIを使うこと自体が問題なのか、それとも使い方が問題なのか」という問いに正解はない。だがSutchの記事が広く共感を呼ぶのは、生産性の数字では見えてこない心理的コストを正直に語っているからだろう。ツールの善し悪しではなく、「自分はなぜコードを書くのか」という問いに向き合わせる記事だ。
詳細はI am uninstalling AI coding assistants from my personal computerを参照していただきたい。